期末試験編8
三村に魔法が使えて、俺に魔法が使えないのは、俺が呼ばれていないからだろうか、魔法の無い俺になんか意味が無いとでも倉守は言いたいのだろうか?
この三村も倉守の心だと言うのなら、
俺は帰るべきなのかも知れないと、
一瞬思ってしまった。
違う。
それなら最初からもっと抵抗しているはずだ。
きっと倉守は深い眠りの中で戦っている。
甘い虚構と辛い現実のどちらを選ぶべきか戦っているはずだ。
考えろ。
勝機をもぎ取るように、倉守をもぎ取るために今必要なのは―――
三村は手に出していた炎を俺に放つ、とっさに横に飛ぶ。右足のあった場所が黒く焦げた。
「帰れと言っているだろ」
どうやら考える時間をくれないみたいだ。
三村は俺に一気に詰め寄ってくる。体の動きから相手の動作を読み取り右ストレートを紙一重でかわす。
おかしい。
三村はこんな戦い方をしないはずだ。
三村はさらに俺に攻撃を連打してくる。俺はそれをかわす。魔法が使えない以上一発でも当たってしまえば致命傷だ。
マナや魔力で体をコーティングすれば、ある程度のダメージと痛みは軽減できる。しかし魔力全てを炎属性の体内魔法で筋力増加する相手にどれほど意味があるのかい。
左フックに対応しきれずに俺は転んでしまう。
腹に蹴りが一発はいる。
呼吸が止まる。
声にならない声を吐く。
体ごと吹っ飛ばされ壁にまでぶつけられる。
全身を強打する。
痛みが暴れる。
三村はゆっくりと俺に近づく。
勝者の余裕という奴だろうか。いや、勝者の慢心だ。
今ので大体見えてきたのだから。
生前の三村の戦い方は風属性、木属性、光属性の三つを主軸におきつつも、相手によって臨機応変に魔法を変えていく。
少なくとも体内魔法、体外魔法、共に炎属性でどうにかするバカな戦法はしない。
この戦い方は――
「弱かったな火野昇君。強いって聞いてたのに残念だよ」
三村は火を放つ。
俺は癖を見破って、火が出る瞬間。火の方向を完全に掴み、体を伏せる。
そして俺は炎属性の魔法を使って一気に三村との距離を縮める。
三村がなぜ炎属性しか使わないのか。
その考えがまず間違ってた。
三村は炎属性しか使えないのだ。
あのクソジジイの言葉のおかげで考えようともしなかったが、少し考えれば出てきたはずの推論だ。
この世界において魔法を使うときインは倉守になるらしい。つまり炎属性しか使えない。
本来自分が自分の心の中に入る特訓だから話は一応間違ってはいない。
それに他人が入ってきたとしても、この特訓を行うのは氷河の一族のみで、しかもこんな特訓をする奴らは全属性を使えて当然。禁忌属性は扱うのが難しいので使おうともしないはずだから気づく切っ掛けが無かったのだろう。
俺は足払いを試みる。
いつもの倉守なら転ぶ。
そして俺の予想通りに三村は転んだ。
ここは倉守の心の中だ。
倉守の三村像であって、本物の三村では無い。
これは推論なのだが、三村が魔法使いとしてこの学校で有名なのは知っていたが、三村がどんな戦い方をしていたのかを知らなかったのでは無いのだろうか。
しかし知識として三村が魔法使いであることを知っている以上。魔法を使わないのはおかしい。
そこで自分の魔法使いとしての部分を強引に押し込んだと言うわけだ。
使える魔法は同じ。相手は三村の皮を被った倉守。
負ける要素は無い。
俺は炎を爆発させて三村の足下を吹っ飛ばす。それを三村は転がってかわすが、
そんなのすでに見えている。
柱を蹴り飛ばして三村の方へ倒す。俺は三村の逃げ道を塞ぐように回り込む。
それと同事に遅延魔法を炎属性に反応するようにセットする。
予想通りに三村は苦し紛れに柱を爆発させようとする。
遅延魔法は爆発に反応して、柱から三村に向かってまっすぐ炎を放射する。
三村は燃えさかる。
間髪入れずにぶん殴る。壁にまで飛ばす。さらに膝撃ちでトドメを刺す。
三村は崩壊する。グロテスクなスライムのように溶けていく。
さて、倉守をおぶって帰るか。
俺は倉守がいるべき祭壇の方を振り向く。
「前言撤回。中々楽しめそうじゃないか」
三村は倉守をお姫様だっこしながら俺を眺めていた。
俺は何度も三村を殺す。焼き殺す。嬲り殺す。蹂躙する。
虐殺の王女にでも成った気分だ。
三村は何度でも蘇り俺を殺そうとする。俺は機械的に三村を殺し続ける。
「さて、いつまでオレを殺そうと思うのかな? 無駄な事なのに」
「諦めない。俺は倉守を見捨てたりしない」
「冷静さを失った時点で君は敗北したも同然と言うことも解らないのか? オレはみーちゃんそのものなんだぜ?」
三村は倉守の顔に豹変させて笑う。
それがヒントだと気づくのに若干の時間を要した。
倉守が自分の心に打ち勝たなければ意味が無い。
俺がいくら三村を殺した所、それは倉守が勝った事にならない。
倉守が自分で三村を倒さない限り、三村は蘇り続ける。
「もう、諦めてよ」
三村は倉守に変貌し俺の服の裾を掴んだ。
祭壇にいるのとは違って眼鏡を掛けている
「あたしには無理だったんだよ。学校に行くのも、誰か友達を作るのも、魔法使いになるのも、復讐するのも、
あんたのパートナーになるのも。
あたしに出来る事なんてここで眠り続けることしか無いんだ」
「違う! お前は立ち上がったんだ! 強くなろうとした。 学校にだって通ってるだろ? 友達だって居るだろ!? 風間だっているし、樹里だっている。俺だっている。
それにお前はもう立派な魔法使いだ。
立派に俺のパートナーだ。今は弱いかも知れない。今だって自分に負けそうになっている。でもお前は目標に向かって間違いなく歩いてきた。
お前は三村伸吾を殺した神無月鬼姫に復讐したいんだろ!?」
「そうだった。そうだったよ。でもわたし、氷河に負けて退学になる……」
「俺にコーチさせておいてタダだと思うなよ!! お前が最強になるまで俺は絶対に退学させない。覚悟しろ!」
俺は倉守に背を向けて、倉守を見る。
ドンパチやりまくったのにこいつは今でも涙を流しながら寝てやがる。
のんきなものだ。
「倉守ここがお前の心ならきっとお前は最初から見てるんだろ! さっさと起きろ!」
無反応。
『精神世界は古典的なお話と類似する部分が多いんでな』
氷柱の一言が脳裏によぎる。
女の子が目を覚ます古典的なお話。要するに童話がある。
もはやベッタベタで古典的な方法。
まぁ倉守は喜びそうな方法ではあるけれど。
心の世界であって、現実じゃないからこれはノーカウントだと俺は言い訳する。
「さぁいい加減に目を覚ませ」
俺は眠り姫に口づけをした。
「―――おーじさま?」
倉守は寝起き早々寝ぼけていた。
んな訳あるか。
「残念ながら、俺は王子様ってがらでも無いし、お前もお姫様ってがらじゃない。まぁ良いところ小間使いの灰かぶりぐらいさ」
「それならあんたはお姫様であるあたしにまとわりつくカエルってところね」
俺もむかついたので、灰かぶりの意味はシンデレラで、正真正銘お姫様であると言うことは黙っておくことにした。
「どうしてあたしが目覚めるの?」
眼鏡を掛けた倉守は驚愕していた。
「ここならお兄ちゃんとずっと一緒にいられるのに!?」
倉守は立ち上がる。眼鏡を掛けた倉守を睨み蔑む。
「あたしは勝つためにここに来た。お兄ちゃんに会うためじゃない」
「戦って勝って復讐してそれがどうなるって言うの! あいつを殺したってお兄ちゃんは蘇らないのに!」
「もう後悔したくない!
もう迷いたくない!
あたしは誰かの大切な人を殺されていくのを見過ごしたくない!
もう誰にもあたしと同じ悲しみを背負わせたくない!
その為だったらあたしはあたしを絶望させた力だって使ってやる!」
「あたしにそんな事出来るわけ無い! 守られてばっかりの弱いあたしに何が出来るっていうの! そんな幻想が現実になるわけないじゃない!」
倉守は一瞬黙ってしまう。喉が震える。次の言葉を紡ぎ出そうとする。
しかし意志は言葉にならずに己の弱さに飲み込まれていた。
「誰が出来ないって決めた!
お前は弱いかもしれない。
お前一人じゃ弱いかも知れない。
だったら俺に助けを求めろ!
そうしたら俺が現想を幻実にしてやる!」
「……………助けて………………あたしを、助けて! ノボル! あたしを助けて!」
「あぁ助けに来たぜ!」
もう倉守は弱くない。
少なくとも、人の弱さを見せられるぐらいには強くなった。
「それはあたしの強さじゃない!」
眼鏡を掛けた倉守の体は徐々に崩壊していく。
「今はそうかも知れない。でも何時か、何時の日かあたしの力になる! あたしはあたしの幻実を手に入れる!
だから弱いあたしはもういらない!
さようなら、あたし」
眼鏡を掛けた倉守は消えてしまった。
「じゃあ帰るか。実は期末試験って本番が残ってる」
「たすけて、くれるんだよね?」
「当然」
俺は振り返る。
「みーちゃんがオレを殺せるわけないだろ?」
入ってきたドアを守るように、三村が立っていた。
「あれはお前の心だ。お前じゃなきゃ壊せない」
「壊してやる。あたしの幻想を!」
倉守は炎属性の魔力を手のひらに集めようとする。
「無理だ。オレは幻想じゃない理想だ。みーちゃんの愛する王子様だ」
「違う! あたしは……」
俺は倉守の手を掴む。
「俺がアウトをやる。お前はインだけやれ」
この世界でインを倉守がしてると言うのなら、本人から直接供給した方が強いはずだ。
倉守と協力して倒すのだから、倉守が倒したことになると俺は信じたい。
倉守の手を強く握る。
倉守も強く握り返す。
今まで感じたことの無いほどの鮮烈な魔力が体を駆け回る。
これが倉守の才能だと言うのだろうか?
俺は手を突き出す。
体に抑えきれない魔力が手から火の姿を纏って躍り出る。
それだけでも俺の親父すら超えた魔力量だ。
「さようならお兄ちゃん」
倉守の悲しい声が聞こえた。
俺はそれを合図にして魔力を爆発させる。
手のひらから、百メートルを超える直径の炎が放射された。
神殿は形を変えていく。
火が世界を覆い尽くす。しかし火は一瞬で樹木に変わっていく。
樹木は四季を一瞬で巡る。
「今度こそ帰るぞ」
倉守はうなづいた
俺は倉守の手を引っ張りながらドアを開いた