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期末試験編6

 男である俺がバイクの形をしている箒で女の背中に抱きつくのはダサイ。俺は自分で運転すると主張したのだが、樹里は自分で運転したいと譲らなかった。

 まぁ樹里が運転する方が速いのは確かだけどさ。

 その速さの理由の一つに法律無視なのは………。

 明らかに時速百キロオーバーの速度で空を飛んでました。

 おかげで二十分掛かる所が十分も掛からずについたので俺は見なかったことにするしか無かった。

 第三工学魔法研究棟は夜の十時を回っているのに、全てのフロアに電気が灯っていた。さすが不夜城と呼ばれるだけはある。

 俺たちがロビーにはいると、缶コーヒーを飲んで待っている氷河氷柱が居た。

「随分と速かったね。………出来れば一人で来て欲しかった」

「それは私一人で来てってこと? だったらノボルには帰って貰う?」

「……いや、二人とも来てくれておじさんはとても嬉しいよ。さてと、二人とも来てくれ」

 おじさんはそう言うと歩き出した。俺たちもおじさんの後をついていく。


 第三工学魔法研究棟では工学魔法の最先端技術がいくつも開発されている。そのため警備がかなり厳重で、いくつもの認証が必要になる。指紋、声紋、IDカード等々、それらの認証を何度もくぐり抜けて、地下へ地下へと潜っていく。

 その合間に俺たちは倉守が今どういう状況なのかを簡易的に説明された。

『氷河に伝わる特訓を外部の人間に使わせるなんて信じられない』と樹里は怒りを通り越して呆れていた。

「ここだよ」

 地下四階の特殊マナ実験室の前でおじさんは立ち止まった。

「この中に倉守さんは居る」

 おじさんはいくつかの認証を受ける。認証は無事に通ってドアは開いた。

 俺はその中に入っていく。

 まず目についたのは部屋の中央にある井戸だった。石造りの井戸が何故か部屋の真ん中で浮いていたのだ。

 そして俺は見てしまった。

 その井戸の下に倉守がいるのを。

「この部屋で擬似的に氷河の敷地にある洞窟のマナを再現している。それに月の満ち引きなどの天体的な要素が重なっている状況下で、特殊な結合指輪をはめると、自らの心の中に入れる。そしてこの井戸が心の入り口と言うことだ」

 俺には倉守が眠っているようにしか見えなかった。いつものようにすやすやと眠り、頬を指で押したら起きて怒り出してくれそうだ。

「本来この特訓で死ぬような事はあまり無い。

 自分の心と言うのは自分に優しく出来ているから心に殺されるような事はまず無い。それに時間が経って天体の位置がずれたり、マナの配分が変わったりしてしまえば、たちまち現実に戻される。

 問題は意図的にマナの配分をずらして、現実に戻そうとしているのに、一向に帰ってこないと言うことだ。

 本来ならば、井戸はすでに崩壊しているし、時間的にも帰還しておかしくない。予定では三時間ほどで帰還するはずなのにすでに七時間経過している」

「で、俺にどうしろって言うんだよ?」

「もし君が倉守さんを助けに行きたいと言うのなら、行くことも出来る。ただし、君が行く場合は倉守さんが行く時よりも何十倍も危険だ。

 自他共に認める最強の君が死んでもおかしくない。

 何故かと言えば君が倉守さんにとって他人だからだ。心は自らを守るために君を殺しに来る。例えるなら数万の軍勢に単騎で飛び込むような物だと思ってくれ。

 それに待ち続けていれば帰ってくる可能性もある」

「なら私が行く」

「樹里、それは無理な相談だよ。魔力の波長がある程度近くないと入ることすらままならない。それに出来るならボクが君たちに頼る前に行っている。

 新しい特訓方法が見つかってる可能性があるからね。

 それで火野君。君はどうする?

 ボクは君に状況を提示した。強要は一切しない。ここで倉守さんを見捨てても、ボクは批難しないし誰も批難しないだろう。彼女が死ぬ覚悟を持ってこの特訓を始めたのはさきほども説明したよね」

 言い終わるとおじさんは一枚の紙を取り出した。倉守の書いた念書だ。

「ぐだぐだ言ってないでさっさと結合指輪をよこせ。俺が知りたいのはどうしてこうなったかじゃない。これからどうすれば良いかだ」

「君の割り切った所は好ましく思うよ」

 おじさんは渇いた微笑をした。そして俺に結合指輪を投げわた――

「駄目!」

 される前に樹里がキャッチして、それを両手でぎゅっと抱え込んだ。

「駄目! 絶対に駄目! ノボル死んじゃうかも知れないんだよ!? どうしてそんな危ないことをしようとするの!?」

 俺は何か気の利いた事を言おうとした。

 口からは何も出なかった。

 代わりに樹里の瞳からは大量の涙が流れ、嗚咽混じりで何かを訴えようとしていた。

 俺は語るのを止めた。

 代わりに樹里を自分の胸元に抱き寄せた。

 樹里は柔らかく暖かい。樹里の頭を撫でる。

 あぁ確かに髪は乙女の命だと思うよ。

 髪は摩擦を感じさせずに手から流れていく。

 昔のことを思い出す。

 樹里は泣き虫だったっけ。ことある毎に泣いて、こうやってひたすら泣き続けてたな。そうしたらいつの間にか元気になって……

 俺は樹里の頭を撫で続ける。

「いやだよぉ」

「うん」

「わたし、のぼるがしんだら―――」

「大丈夫、俺は死なない。樹里が待ってるからな」

「だったら、いかないでよ。みみちゃんかえってくるかもしれないんだよ」

「あいつは今一人で苦しんでるかも知れない。それを助けられるのが俺一人なら、行くしかない。それに友達を放っておけない」

「いいなづけのわたしより、みみちゃんをとるの?」

「そう言う話じゃない。例え、今回助けるのがお前でも俺は躊躇しない」

「のぼるはみみちゃんをころそうとしてたのになんでたすけようとするの?」

「今は殺したいなんて思ってない」

「ねぇ――――のぼるはわたしのことすきじゃないの?」

 あぁ好きだとも、

 大好きだとも、

 でも、今はそう言う話ではない。樹里にとってはそう言う話なのかも知れないけれど、違う。

 親父だったらきっと助けていたから。

 例えどんなに危険でも、可能性が無くても、自業自得な話であっても、そこに一筋の光が見えてる限り絶対に諦めない。

 だから俺は倉守を見捨てようとは思わない。

 ごめん。

 俺は心の中で謝ることにした。

 なぜなら、俺は今後二度と使わないと命じていた言葉をもう一度使うからだ。


「樹里。結合指輪を渡さないなら、

 

 キライ


 になるよ」


 俺と樹里の関係を崩壊させた言葉、

 もう二度と言わないようにしようとしていた言葉、

 ある意味において俺と樹里の始まりの言葉。


 胸元で抱かれている樹里が電気でも流されたように動いた。樹里は顔を上に向ける。泣きじゃくっていて、ぼろぼろで、今にも崩れそうだった。

「やだ。やだ。きらいにならないで、おねがいだからじゅりのことをきらいにならないで、のぼるにきらわれたら、じゅりしんじゃう。のぼるおねがいだから、すきっていってじゅりのことをすきっていって! ぎゅっ~ってだきしめて! あたまなでて!ちゅーして!」

「うん。だからその結合指輪を渡して欲しい。」

「やだ。のぼるしんじゃう!」

「じゃあ嫌いになる」

「いや、イヤ、嫌、そんなのぜったいにイや!!」

 最低最悪の方法だった。

 昔の樹里を強引にひっぱりだして、今の樹里を殺して、二択を迫る。

 今死ぬのと後で死ぬのどっちがいいの?

 そう聞くのとさして変わらない二択。




 樹里の指を優しくほどく、

 握っている結合指輪を俺は自分の手中に収める。

 樹里をぎゅっと抱きしめて頭を撫でた。

「ありがとう。好きだよ。樹里」

 そして樹里の口を塞いだ

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