期末試験編4
視点変更が入るので読みにくいかと思いますがご了承下さい
「何であの時に結合指輪投げ捨てたのよ!」
あたしは火野に怒鳴りつけた。
だって今のが実質最後の試合だったんだよ!? 諦めて棄権するなんてあり得ない。
「左手足を物理的にもぎ取られた状態で言われても説得力ねぇからな」
あたしは今治療室で腕と足の接着作業をしているところだ。肘と膝の先が無くなっていて、見ているだけで痛々しい。
魔法の可逆性について火野から詳しい説明を聞いたけど、全然意味が解らなかった。
「大体お前が死んだら意味ねぇだろ」
「まだやることがいっぱい残ってるの! 死ねないの!」
「ここ数日で傷に対してのモラル、いや、感覚が著しく低下してるみたいだから言っておくけど首が飛んだらさすがに治せないからな。
確かに、死してもなお勝利ってなら、あの後、魔法生物が首に食らいついてくるハズだからインとアウトを交代して、お前が魔法生物を魔法でぶっ飛ばしてる合間に俺が本体の方をぶん殴ればいけたはずだ。
ただしお前は治療を受ける前に死ぬ」
解ってる。そんなの未熟なあたしだって十二分に承知している。
けど、どうしても次の対戦相手の事を考えてしまうと……
「樹里と風間の事なら、俺がどうにかする」
あたしの思考を読み取ったかのように火野は喋った。
「どうにかってどうすんの?」
「俺、明日樹里にプロポーズすることになるかも知れない」
悟りを開いたみたいにすがすがしい顔してる。
氷河は恥ずかしがり屋だから、大人数が見てる試合でプロポーズなんてしたら恥ずかしがるけど。
「それ、前に思いっきり失敗してたよね」
これから対樹里戦の必殺を試してみる。俺の知将ぶりを見ろ! と言った矢先にやったことが『樹里綺麗だね。特に髪が』って氷河に言うことだった。
氷河は氷河で、『髪は乙女の命ですから綺麗なのは当然だよ』と華麗に流してたし。
「子供の頃は恥ずかしがって数秒間止まってたのに」
「好きって言うんじゃなくて、嫌いって言ってみれば? 案外止まるかもよ?」
「……言えないよ。例え冗談でも」
どこか遠くを見るように、懐かしむように火野は言った。
「とにかくだ。樹里を五秒ほど止めることが出来るなら勝てる」
「どこからその自信はくるのよ?」
「俺と樹里が何年間幼なじみをやってると思う? 弱点なんて予想屋に聞くまでもなく把握してる」
医者に「動かしてみて」と言われたのあたしは繋げられた手と足を動かしてみる。
これがちょっと前まであたしから外れていて、血まみれになっていたのが信じられないほどよく動く。
「無理すんなよ」
「無理なんてしない。無茶はする」
あたしは火野に背を向けて治療室を後にした。
気分を変えるためにあたしはトレーニングに励む。魔法の特訓のはずなのに、あまり魔法を使わないので、魔法嫌いなあたしとしては気が楽だったりする。
正直な所、魔法は未だに好きになれない。
ううん。きっとこれからずっと好きになれない。
ジャージに着替え、いつものコースを走り始める。
心がスッキリしない。出来るはずがない。
七勝七敗。
次の試合であたしの退学が決まる。
風邪を引いたときに何度も悪夢で見た光景が、現実の物になってしまう。
悪夢のバリエーションはいくらかあったけど、最後にはお兄ちゃんが出てきて―――。
あたしは看病されていた時の事を思い出しながら走り始める。
あたしは風邪を引いてるときに眠りたくなかった。
弱いあたしなんて見せたくない。
起きたらあたしは泣いていて、火野は本気で心配してた。
「お前は病人なんだから寝るのが仕事だ! テストはその後だ」
病院に連れて行かれた後、火野はあたしを強引に布団に寝かしつけて、冷却シートをあたしのおでこに貼った。
「たいがく……」
嘘だ。眠りたくない。夢を見たくない。
「俺がお前を絶対に退学させない。しかしお前の風邪まで俺は治せん。だから大人しく寝てろ」
「うつせば治るかも」
「軽口叩けるぐらいだ移さなくても余裕だな。だからお前は何も気にせず寝ていろ」
「……あきらめれば」
「あきらめねーよ。火野一族でも歴代最強の火野昇君のパートナーは何の不手際か無能でしたなんて語られたくないんだよ。お前には最強とは言われなくても、二つ名貰えるぐらいには強くなって貰う」
「殺そうとしたくせに」
「方針転換だ! だからお前が退学したかったとしても俺は絶対にさせないから、覚悟しろ」
あたしはこくこくとうなづいた。
「とりあえず俺に着替えさせられるのは不服だろうから樹里をさっき呼んだ。今のところ何かして欲しいことあるか?」
して欲しいこと………あたしはぼんやりとした思考で考える。
「………体拭いて欲しい」
火野がすごい驚いてた。驚き方が氷河に似ていて、少し楽しい。
そしてあたしはどうして火野が驚いたのかをようやく理解した。
この状況だと、火野があたしの体を拭くことになる。
そこまで頭が回らなかった。
「お、お前!?」
「お、おねがい、します……」
せっかくの好意を無駄にはしたくなかったので、あたしはそのまま拭かれることにした。
そう、あくまで、行為を無下に扱うのはあたしのポリシーに反するからだ。
あたしは火野に見られないように、制服のブレザーを脱いで、ブラを外した。
背中に適温のタオルが当たる。
それがすーっと上から下に流れていく。意外とうまい。
思考どころか羞恥心まで麻痺してたからそんなに恥ずかしくなかった。
ただ、
「チャイム押しても反応が無いから、勝手におじゃましちゃったけど、ノボルは何をしてるの?」
あたしの体を拭いてる場面氷河に見られて、そのまま連れ出されたから、火野には悪いことをしたと思う。
あたしは氷河に手伝って貰ってパジャマに着替えさせられされるがままに看病された。(ヘタするとあたしも火野にされる)
「ねぇ悪夢を見た時ってどうしてる」
看病し尽くして満足している氷河に聞いてしまった。
「ほっとする。だって現実じゃないでしょ? 現実だったらノボルがきっと助けてくれるから」
「………」
惚気られるとは思わなかった。
火野が助けるのは、それが氷河だからなんだとあたしは思う。今のあたしを助けようとしてくれるのも結局自分の名声のためだし、
きっと名声とか関係なく、あたしがピンチになったら………。
だって火野は氷河の王子様で、氷河は典型的なお姫様みたいな女の子で。
氷河に比べたらあたしは村娘だ。
それに王子様は―――
「体調が悪いときは悪夢って見やすいと思います。でも、それは現実じゃないのですから、それに私もノボルもそばにいるから、だから安心して眠って欲しいな」
あたしはうなづいた。
その時だけは夢を見ることなく、眠れたと思う。
ランニングしていても合間も思考がぐるぐるとループする。しかも徐々に悪い方へ悪い方へと流されていく。
悪夢の事を考えて、風邪を引いたときの事を考えて、試験の事を考えて、退学の事を考えて―――
試験の結果は全部あたしのせいだ。
結局あたしがこの十四試合でやったことと言えば、眼鏡からコンタクトに変えたこと(戦闘中に眼鏡を落とすと致命的だから)、包丁で牽制したこと、いつもと同じ内容のトレーニング。
負けた理由を突き詰めるとほとんどあたしが原因だし。
火野のやった小細工も何度か成功してる。さすが自称最強。
………退学、しょうがないか。
あたしには過ぎた野望だったんだ。
復讐なんて。
あたしは折り返し地点に来た。内心テンションが上がる。キャラに合わずに叫びたくなる。
叫ばないよ。恥ずかしいから。
「やぁ倉守美海さん」
「ひぃ!」
叫ぶつもりは全然無かったけど、叫ぶことになってしまった。だっていきなり後ろから肩叩かれたら驚くでしょ?
「驚かせてすまない。音楽を聴いているみたいだから直接触らないと解らないかも知れないと思ったのだが、面目ない。最近の女の子にしてみればこれもセクハラの範疇なのかも知れないね。ボクとした事が失態だ。しかもつまらない失態だ」
氷河氷柱先生だ。火野が言うには関わっちゃいけない奴。氷河が言うには面白いおじさん。あたしにとっては他のクラスの先生。
「なん……でしょうか?」
「そんな怖そうな顔をしないでくれ」
「ごめんなさい。あの、何か用事ですか?」
「明日の試合勝ちたいとは思わないかね?」
あたしはうなづいた。
「なら氷河に伝わる精神直結と呼ばれる特訓法をやってみないか? 特殊な結合指輪を使って自らの心象風景に入り込み、転調回路を改善する物だ。短期間で驚くほど強くなれる。と言っても実力的に樹里や恋愛に並ぶわけじゃない。それでも一瞬の隙を作るぐらいなら出来るだろう。火野君ならその隙を突いて一方的に不利な試合をイーブンぐらいには持って行ける」
「……ごめんなさい」
勝ちたい。でも。
「どうして、氷河のおじさんが、あたしの味方を?」
教師なのにどうしてあたしの味方をしてくれるんだろ? それに味方するなら氷河のような。
「なるほど疑ってるのか。確かに胡散臭い話にしか聞こえないだろうね。まず樹里に肩入れする為に君を罠にはめようとしてると思ってるのなら、それはあり得ない。
考えてくれ、そんな事しなくても樹里が勝つのは一目瞭然。下手に肩入れして、問題がでてしまった時の方がリスクが大きい。単純にボクが君に肩入れするのはそちらの方が面白いからだよ。
それに特訓イベントなんて、そう滅多に出会える物じゃない。一瞬にして強くなる弟子、少年漫画みたいでドキドキするね」
『面白さだけで行動するから厄介だ』火野はそんなこと言ってたっけ。
「……やる。やらせて。あたし勝ちたい。絶対に勝ちたい」
今はその面白さだけで行動する理不尽さに頼らなければ勝てない。
「そう言ってくれると思ってたよ。でもその前に一つ確認したい。これはとても大事なことだ。
倉守美海さん、死ぬ覚悟は出来てるかい?
氷河に伝わる特訓方法は非常に危険でね。死ぬ可能性も十二分にある。だからその事を理解してから挑んで欲しい」
「……はい」
あたしはうなづいた。
ほんとは嘘だ。
だってあたしはまだ死ねない。
まだ退学できない。
だからあたしは死なないし退学もしない。
特訓にも打ち勝って、氷河と風間を倒す。