期末試験編2
俺は一緒にトレーニングをすると約束したし、それを守ってるし、今後も続けていこうとも思ってる。
しかしだ。
それは魔法使いとしての実践的なトレーニングの話であって、勉強の話ではない。
「お願いします」
手のひらを合わせて頼み込まれた。
勉強を教えて上げられるぐらいの成績はあるし、今からテスト勉強をするなら満点とはいかなくても赤点を回避するぐらいならできるだろうけど、
俺としては問題が一つある。
教えなければ赤点で退学して、樹里がパートナーになるのでは?
頑張ってる相手を殺したいとは思わないが、今までの怠惰のツケが回ってきて勝手に退学になるのまで面倒を見る必要がどこにあるのだろうか?
とは言っても、見殺しってのもまた違うな。
「友達に教えて貰ったらどうだ?」
まぁ勉強なんてきちんと量をこなせば出来るのだ。俺が教えてやる必要はない。
「あはははははは……」
「どうした?」
俺は倉守を見る。倉守は俺から逃げるように視線をそらす。
「あんたと仲が悪かった時は一人で特訓してて、友達作るタイミング完全に見失って」
「解ったよ。俺がお前の友達を呼んでやるよ」
「どうして私に友達が居ないのに、あんたが私の友達知ってる訳よ」
「それ聞いたら悲しむだろうな」
俺は携帯電話を手に取った。
「と言うわけで、樹里先生をお呼びしました」
たぶん友達と言っても良いと思う。倉守がどう思うが俺の知った事じゃないが、樹里なら友達と言ってくれるだろう。それに成績もかなり良い。そう言うわけで、俺と倉守の部屋で勉強会をするから来いと呼んだのだ。
「みんなで勉強会するのって初めてだから楽しみ~」
「そういや、風間はどうした?」
良かったら風間も呼んでくれ。と俺は頼んでいたのだけど。
「風間ちゃんはまた私のミルちゃんに乗って失踪中……」
ミルちゃんは樹里の使ってる箒の名前だ。箒の名称ミルキーウェイから取ってる。
「一応メールしたので、来るかもだけど期待しないでね」
樹里はそう言うと持ってきた教科書の類を机に広げた。
成績上位者が二人もいるなら勉強するのも楽だろう。
と言う俺の憶測はあまりにも楽観的な事がすぐに判明した。
「えーっとそこは何となくで」
「数学で何となくと言われても…」
樹里は教えるのが絶望的にヘタだった。
さきほどからずっとこの調子である。基本的に答えを一瞬で導き出すのだが、その答えを導き出すまでの過程を一切説明できない。樹里の感覚だと歩くのを教えるのも、数学を教えるのも大して変わらないのかも知れない。
「こっちは?」
「ここに補助線引いたら答え出るよ」
「補助線を引くまでの過程は?」
「なんとなく」
そう言えば、俺は樹里が家で勉強をしているところを見たことが無い。俺が予習している隣で、平然とレースゲームとかよくやってたよな。
俺が教えるべき何だろうけど、なぜか樹里はノリノリで教えてるから止めるのは難しい。
倉守そんな顔で睨むなよ!
「みみちゃんどうしたの?」
「べつに……」
「あたし、火野からおそ…」
「ダメ」
「ひの―――」
「大丈夫! 私が手取足取り教えるから」
樹里は笑顔を作る。微妙に顔を傾けてその傾きにそって髪の毛が綺麗になびく。
それと同じように倉守は樹里になびくしかなかった。
問題点がそれだけならば、明日から樹里を呼ばなければどうにかなったのだろう。
「これ全部?」
倉守の声が死んだ。
「そうだよ?」
樹里は何で? って疑問符を頭に浮かべる。
数学に関しては倉守は被害者だと思ったが、今回のに関しては俺は樹里の味方だ。
数学の教え方がダメなら数学以外の教科を教えて貰おうと言うのまでは良かった。教えて貰うのも樹里の専門分野である魔法実技なのも理に適ってる。
問題はその量だった。
「いつ頃覚えたの?」
「七歳の時には全属性の効果の序列も覚えてたよ」
俺もそれぐらいには属性の配列を覚えていた記憶がある。
実技魔法はとにかく量が多いらしい。
一般的な生徒は魔法に興味が有るなり、魔法に触れるタイミングが多いので、覚えると言うよりはいつの間にか記憶してしまうような物だ。
だから、量が多いと思うことすら無かった。
「魔法道具破壊の優劣は?」
「炎のみ、それ以外の属性は魔法道具の破壊が一切出来ない。ただし光と闇は効果の阻害が出来る」
「火と木の体内魔法の効果は両方共に身体強化であるがその違いは?」
「火は瞬間的な増強で、木は長期的な増強。」
「では木の体内魔法と同じ効果を他の属性で作ろうとしたとき、どの属性をあわせればいいでしょうか」
「火と雷と水に、火と水が相反属性なので火と水の中和属性である土も加える。ただし全部を複合せずに独奏魔法として使うのならば土属性は要らない」
「凄い……」
まぁ、.すらすら言えるような状況じゃないと戦いにならないからな。
つまり必死になって暗記するような物ではなくて、戦闘によって培っていく物が実技魔法のテストで問われるのだ。
「大丈夫だよ単独のの独奏魔法と二つの組み合わせの重奏魔法だけならそんなに難しくないよ」
ただしそこに遅延魔法の発動条件と、全属性の独奏魔法と重奏魔法の体内魔法、体外魔法の効果、同一の事が出来る属性の優劣の順序、各属性の中和属性、補強属性、相反属性の暗記も必要になってくる。
これぐらいのこと、魔法使いでなくてもウィザード好きを称する人間ならば、知っててもおかしくないレベルの事であって、学園側もそれを理解して一年生に優しくするつもりで出題してるのだろう。
もっとも、その優しさが届いていない一年生が目の前にいるけど。
倉守が要点をノートにまとめ初めて三十分がたった頃、そろそろ夕飯時だ。昔はお互いに別々の物を食べていたが、今では俺がまとめて作ることになっている。倉守が殺人料理の使い手であったりとか、俺が家庭的な男だったりするわけでもない。
俺がジャンケンに負けたからだ。
さて何を作ろうかと冷蔵庫を開けた時、チャイムが鳴ったのでドアを開くと、活発そうな少女がそこに居た。
「夕飯食べに来たぜ!」
風間恋愛だった。風間は表情豊かでテンション高めの女の子で、単純明快ストレートな性格をしている。ちょっとたれ気味の瞳をしており、ショートにまとめた髪をおでこに掛からないようにヘアピンで留めている。
こう書くとどこにでもいそうな少女に見えるが、倉守のパートナーと言うだけで、そんじょそこらにいるわけがない。
事実、彼女は風間魔法工業社長令嬢だ。
風間恋愛は間の抜けた笑顔をしながら、返事を待たずに勝手に上がってきた。
「わたしの盗むようのおやつもないし、自分で作るのも面倒だし、勉強会ってのも楽しそうに見えたから来ちゃったぜ」
「別に盗ませるためじゃないのにぃ」
「でも食べ物って食べられるためにあるんだから、あたしが食べても良くね?」
「ぜんぜんよくない!」
「でも箒って乗られる為に―――」
「何で私のミルちゃんに乗りたがるの!?」
なお、樹里愛用の箒ミルキーウェイは風間魔法工業製だ。
「あたし夕飯はカレーが良いなカレーが」
勝手を知った我が家のようにレンアイはテレビを点ける。これで、日本有数企業社長の末娘なのだから恐れ入る。
「解ったよカ……レンアイちゃんシチューだな」
材料的にも出来るので俺はレンアイの要求をのむことにした。
「だから、あたしを名前でよぶんじゃねーって! あたしを呼ぶときは風間ちゃんにしろと言ってんだろ」
確かに恋愛ちゃんって名前を好きになるのは難しいだろうな。本人にあるのは恋愛ではなくて、憐哀だ。
「それで風間も勉強に来たんだろ?」
その割には勉強道具を一切持ってきてるようには見えなかった。
「もちろん」
風間は黄色のポシェットからディスクケースを取り出して、俺の顔面に見せつける。
「ゲームしようよゲーム!」
そんな事をかしこまった表情で言われても、俺としては対応に困る。と言うか俺にコントローラー渡されても困る。
俺だって困惑しているけれど、この状況を黙って見過ごせないのは俺ではない。
「あのねぇ勉強会は?」
倉守だ。倉守は不機嫌さを隠そうともせずに、言葉に力を込めていた。
「おいおい、勉強会で人が集まってるのに、勉強するなんてバカのすることだぞ? それにテストまで時間あるしさぁ。ここは全力で遊ぶべきだと思うよわたしゃ」
倉守は顔をがっくりと落としてしまった。
「樹里シチューを作ってくれ、倉守は寝室の方に行っててくれ、風間お前の相手は俺だ」
俺は風間からコントローラーを受け取る。倉守に勉強しやすい環境を整える為には誰か一人が風間とのゲーム勝負を受けなければならない。
決して俺がやりたい訳ではない。
みんなで夕食を食べゲームをして遊ぶ。どこにでもある日常的な光景だ。テスト前であることを除けばな。
この日以降も倉守はテスト勉強に励んではいたし、徐々に風間は協力的に、樹里も協力的に(あるいは非協力的にと言う表現でもあってはいる)なっていった。
倉守に勉強を教える役割は消去法で俺になった。倉守から見れば俺は俺で説明が多すぎて解りにくい。との事だが、説明が無くて解らないのと、説明する気すら無いのとではさすがに選択する余地は無い。
今までの遅れを取り戻すために、夜遅くまで勉学に励んだ。
生活リズムはまた微妙に乱れていくが、しょうがない物と俺はあきらめてしまった。
それがいけなかった。