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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

君の記憶

作者: マリー
掲載日:2026/04/30

 私は知らなかった。今日の空があまりに綺麗な理由を。もう六月も中旬で、梅雨の真っ盛りというのに、雨の気配はまったくなく、太陽が強烈な存在感を放っている。まるでスポットライトがあたったステージ上の役者みたいに、他のものが全部見えなくなっているようだった。そして、雲一つかからず澄み渡っている空を、私はどこか他人事のように眺めていた。


「雲一つない青空」


 この言葉は前向きな意味で使われるのだと思っていた。底抜けの明るさの象徴のような気がしていた。まるで物語の主人公のような言葉。私とは真反対なこの言葉は、今日の空にピッタリ当てはまるのだ。

 でも、この空は何だかそういう正しい明るさとは違っていて、あまりに非現実的で、生気がないのだ。こんな大げさな青い空は、幼稚園児の絵でもなかなか見ない。絵の具でベタ塗りしたような、不気味な青さが目を支配して、間違いの世界を見ている気がした。


 私は知らなかった。朝出かけたきり君が帰ってこない理由を。いつもだったらこの時間には、君は家にいるはずだ。遅くなるとしても、まめな君が連絡を忘れることは今まで一度だって無かった。

 朝、いつものようにいってきますと言って出ていった君。私は笑顔でそれをいってらっしゃいと見送った。変わらない日常。ずっと続く幸福な日々。当たり前の時間を過ごしているはずだった。

 いや、私はずっと気付かないふりをしていただけだったのかもしれない。私が無意識に目を背けた現実には、散りばめられていた不穏の欠片があったのだ。


 そう私は分かっていた。君がなにか危ないことをしているのを。毎日少しずつ増える傷跡。苦し気なため息。ずっと一緒にいるのだから、私が気づかないはずは無い。初めは頬のかすり傷だった。私がどうしたのと聞くと、君は、不注意で転んでしまったのだと照れくさそうに笑っていた。私は、君の少し抜けているところを知っていたから、君の言葉に納得して気にも留めなかった。


 でもだんだん月日が経つにつれて、不注意にしてはあまりにも多すぎるくらい、君の身体は傷ついていった。肩を庇うように帰ってきたり、何となく歩き方がぎこちなかったりすることが増えた。

 理由を尋ねると君は、ぼーっとしていて転んだだけなんだと答える。そんなことを繰り返すうちに、私は君が嘘をついているのではと疑い始めた。怒って問いただすのは違うと思ったから、それとなく聞こうとしたけどはぐらかされてばかりで、踏み込めなかった。心配していない振りをして、日常に戻っていった。


 決まってその時、きみは苦しそうな顔をしていて、今にも泣きそうだった。私はずっとずっとその事に気が付いていた。君の真っ直ぐにきらきら輝いていた瞳は、太陽が居なくなった月のように真っ黒で、無気力で疲れ切っているみたいに感じられて、私は何も言えなかった。きっと君の悩みの原因は、自分じゃどうしようもならない大きいもので、私では君を救えないのだろうと悟ってしまった。

 私は君の意識的な沈黙を受け入れてしまった。そしていつも通り、一欠片の角砂糖と少しのミルクが入った珈琲を淹れた。君が少しでも楽になるように。君に少しでも笑顔が戻るように。


 でもこんなことになるのなら、あの時無理やりにでも、君を泣かせてでも、事情を聞いてやるべきだった。世界のどんな強い奴と戦うことになるとしても、君の手を取ってあげるべきだった。私だって出来るなら、君の傷の理由を、ため息の理由を、君の悩みを聞きたかった。一緒に考えて考えて、二人で泣きたかった。

 行き場のない後悔が私を襲う。もうこんなことを考えたって意味は無い。君はいってしまった。現実は一瞬で過ぎ去り、振り返った頃にはもう手遅れになっている。流れ星なんかよりも一瞬だ。掴んだと思っていた砂はいつの間にか手のひらからこぼれ落ちていた。その時の私には一緒に堕ちる覚悟が無かった。少し恐くなってしまったのだ。得体の知れないものに踏み込みたくなかった。出来ることなら何も知らずにいたかった。


 だからずっと、君のことだからいずれ大丈夫になるのだと信じていた。ある日、何事も無かったように笑いあって、二人でケーキを食べるのだ。幸せな日常が戻ってくる。そしてその時に、そういえばあの頃はどうしたのと切り出せば良い。なんて、そんなの確証は一つもないのに。君はなんでも出来るスーパーマンや魔法使いではない。


 だけど私はきっと君に頼りすぎていて、そのせいで君は一人で抱えていたのだろう。私たちは対等ではなく、私が君にいつも寄りかかりすぎていた。天秤は壊れてしまっていたのだ。

 私は心が弱いからすぐに人任せにして、嫌なもの、辛いことから目を逸らす。言い訳を必死に探して逃げる。そうすれば、失敗の責任を取らなくていいし、最悪無かったことにできる。そうやって生きてきた。最低すぎて嫌になる。そんな性格だから一番大切なものを失ってしまうのだ。今になって適当に生きたツケが回ってきたのだと思う。そんな私には、今涙を流す資格は無い。



 あの日空が驚く程晴れ渡っていたのは、あの組織がテロを行ったかららしい。そいつらが落とした、何かとても怖くて強いものが、空をおかしくしたのだと、隣人は嘆いていた。その組織は、私たちの国を悩ます大悪党で、彼らは大勢の人が苦しむのを見て楽しむ愉快犯だった。この国の人なら全員が知っている組織だ。だが、誰も真相を突き止めることは出来ていない。


 国を挙げてこの事件を捜査しているけれど、犯人特定の見込みはないという、何とも絶望的なことを朝のニュースキャスターが、機械で出力したような無機質な声で告げていた。

 もう1つニュースが語るのは、現場に残っていた謎のステッキ。事件現場の人や建物は、全部跡形もなく花が散るように爆発し、星屑となってしまっているのに。いつもだったら見逃してしまう、朝のニュースの些細な情報。なぜだかあのステッキが、脳裏に焼き付いて離れなかった。小さい女の子が好む魔法少女のアニメに出てくるような、可愛らしいもので、その綺麗な水色のハートの飾りのそれが忘れられなかった。その輝きが私の目を、心を引き付けてどうしようもなかった。


 あのステッキは私に、君との思い出をよみがえらせた。君は小さいときから水色が好きだった。ランドセルも髪飾りも全部、君は水色。そして私はピンク色だった。二人組の戦士みたいだねって笑いあったことを覚えている。君が纏う水色は、爽やかなソーダみたいで、明るいけれども泡になって消えちゃいそうな儚さもあって、目を離せなかった。


 思えば私と君の関係も偶然小さい頃に出会ってなければ、交わることがないと断言できるような不思議で儚いものだった。活発でみんなの人気者な君と、引っ込み思案で人見知りな私。あまりにも正反対で、不釣り合いだった。

小学生の頃、君がクラスの子に、


「今日もあの子と一緒に帰るの?」


と聞かれていたのを知っている。その子は、暗い私と君が仲良くしているのが不満だということを透けて出すように話していた。

 教室に入ろうとしていた時にそれが聞こえたものだから、ドアを開こうとしていた手をそっと離して、息を潜めた。私は、君がなんと答えるのだろうと考えると不安で、泣いてしまいそうで、ぎゅっと手を握った。爪の跡が手のひらに残るくらい強く。

 でも君はなんにもないみたいに、一番星の笑顔を作って答えたのだ。


「あの子は私の太陽だから。」


 私の体を光が貫いたような衝撃だった。私は全然意味が分からなかった。太陽なのは君の方で、私はむしろ君がいないと輝けない存在だと思っていたからだ。なぜ君がそう答えたかは、今となってはもう分からない。当時の私は、君に認められているという事実が嬉しくて、舞い上がっていた。私が君に見合っていないことくらい、私が一番理解していて、そんなこと、とっくの昔に諦めていたからだ。


 それからも君と私の関係が、疑問に思われることはあった。その度に君が私を肯定してくれるから、私たちはそのままでいることが出来た。君の存在が私の救いになっていた。私と君は恋人関係じゃなかったけど、友情よりは恋愛の方が似ていたと思う。理由が明確ではない、非効率的な依存関係。決してきれいなものではない。私が君に持っていたのは純粋な好意だけではなかった。

 そして、君の心の真の部分に触れることが出来るのはたぶん私だけだったのだと、自惚れたくなるくらいには、君も私に執着していた。君が私以外に向ける笑顔が偽りなことも私だけの宝物として、私の心の中で飾っていた。


 私たちはずっと一緒にいた。ずっとって具体的にはどのくらいなのかと思われるかもしれないが、とにかくずっと。何歳からとか、何年間とかではなくて、今までも、そして今も、これからも永遠だと確信していたのだ。

 そんなずっとの時間の中で、二人でハマっていたのは魔法少女物のアニメ。毎週日曜日の夕方五時から始まるそれは、私たちの宝物で大切な、他の何にも変えられない崇高なものだった。絶対にその時だけは、予定を空けて、私の家でそれを二人で見る。明確に約束はしてないけれど、私たちの中でそれは暗黙の了解だった。もちろんアニメも大好きだったけど、私にとってはアニメをキラキラした目で見る君の顔が一番の宝物だった。これは秘密にしていたことだけど、私の事何でもお見通しな君なら分かっていたかもしれない。


 そして次に好きだったのは、もしも自分たちが魔法少女になったらのもしも話だ。敵をやっつけるときの掛け声から、使う魔法の種類、必殺技の名前、戦闘の時のお洋服まで、細かく決めていった。

 私たちは乗り気になって、お互い口出ししながら妄想を広げた。そんなふうにありえない事を真面目に考えながら、楽しく話していたら、君が急に真剣な顔になったときがあった。そうして君は口を開いてこう言った。


「例えば一番強い敵のボスがやってきて、絶対に勝てないだろうなって分かっちゃった時はどうする?必殺技を打っても、敵が倒せなかった時はどうしようか。」


 私は絶対逃げちゃう。だってそんな強い敵倒すのなんて無謀すぎるし、死ぬのは怖いもん。君はそんな私の甘い考えが分かっていたみたいに、眉を少し下げて笑った。そして少し間をあけて話し続けた。


「私は最期まで戦うよ。たとえ必殺技が効かなくても、自分がぼろぼろになってでも。」


 夕陽に照らされた君の横顔は、どこか神秘的できれいだった。なぜか桜の花を思い出した。とても凛々しくて、誰にも攻略できないみたいだったのに、すぐに消えちゃいそうにも思えて、私は何だか恐くなって、君の手を強く握った。


「そうまでしないと  を守れないからね。」


 君はそう言って、私の方を見て手を優しくぎゅっと握り返した。君の気持ちが嬉しかったけど、置いてけぼりをされてる気にもなって少し複雑だった。このまま何も言わずにいると、大切なものを自分のせいで失ってしまう気がした。だから私は少し強がって答えた。


「君が戦うなら、私だって頑張れるよ。だから守るなんて言わないで。一緒に敵をやっつけるんでしょ。」


 君が拍子抜けしたような顔をしたから、私は一瞬不貞腐れて、そしておかしくなって笑った。それにつられて君も笑うから、なんの話をしてたのかよく分からなくなってしまった。


「また明日。」


その日はそう言って別れた後も、ずっと君のことを考えていた。


 そこまで思い出して、私はようやく合点がいった。おそらくあの水色のステッキは君のもので、理由も過程もよく分からないけど君は魔法少女なんだ。それか、自分が魔法少女だと信じることでギリギリを保っていたのかもしれない。きっとずっと、私のために君は戦っていたんだ。今もたぶん、いやきっとそうだ。


 私はずっと間違っていた。あの日一緒に戦うと覚悟を決めたはずだったのに、いざ現実となるとすぐに怯えて知らんぷりをした。君はもう意気地なしな私に呆れちゃっているかな。失望してるかもしれない。それとも私のことだから仕方がないと笑っているだろうか。どちらにせよ私は私を許せない。君との約束を果たしたい。私だって君のことを救いたい。

 なら私はここにいるべきじゃない。私は敵に捕まって泣くことしか出来ない囚われのお姫様ではない。この暖かい部屋には、君との思い出の欠片と、かりそめの日常はあるが、そこに幸福はない。ここにずっと居れば安全だが、私が一番欲しいものは手に入らない。


 私は魔法のステッキも持っていないし、小さなマスコットも、相棒も居ないし、魔法少女になれるだけの勇気も強さも清廉さもない。でも、君を助けたい気持ちは、日常を取り戻したい気持ちは、私たちの素敵な毎日を壊したあいつらへの恨みはだれにも負けない。私の今の心は、君を失ったことでピンク色なんて全然似合わないくらい、真っ黒に染まっているだろう。

 でもそんなこと構わない。止まることはできないのだ。


 だからすこしだけ力を貸して。私の背中を押して。どれだけ手が震えていても、足がすくんでいても、目が潤んでいても、絶対に私は進む。君との日常を取り返すために。

 自分を鼓舞するように髪を高い位置で、ツインテールに結んで、水色のリボンをつける。君とのお揃いのネックレスと指輪もつけたら私はもう無敵。そう自分に暗示をかけながら、ドアを開け歩き出した。


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