第21話 裂け目の先と管理者の残響
空間の裂け目は、ただ“穴が開いている”という表現では足りなかった。
そこには奥行きがない。
にもかかわらず、確かに“向こう側”が存在している。
黒。
光を飲み込むような闇。
だが――
「……見られてる」
リーナが低く呟いた。
その言葉に、ガルドが反射的に周囲を見回す。
「どこだ?」
「分からない。でも……いる」
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アイリスは黙って裂け目を見つめていた。
(これ……ただのダンジョンじゃない)
ゲーム時代にも、こんな構造は存在しなかった。
完全に“仕様外”。
影の言葉が脳裏に蘇る。
『この先は……仕様外だ』
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「……行くよ」
静かに言う。
その声には迷いがなかった。
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「……ほんとに行くんだな」
ガルドが苦笑する。
「ここまで来て引き返す理由もないでしょ」
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リーナはすでに一歩前に出ていた。
「先行」
「ダメ」
即座に止める。
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「ここは一緒に行く」
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リーナが一瞬だけアイリスを見る。
そして、わずかに頷いた。
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三人並んで、裂け目へと足を踏み入れる。
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瞬間。
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“落ちた”。
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上下の感覚が消える。
重力が消える。
音も消える。
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「……っ!」
ガルドが何か叫んでいるが、聞こえない。
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だが次の瞬間。
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すべてが“戻る”。
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足が地面に着く。
空気が戻る。
音が戻る。
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「……ここは」
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そこは――
真っ白な空間だった。
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上下も左右もない。
境界のない世界。
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「……なんだよ、ここ」
ガルドが呟く。
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「……何もない」
リーナが周囲を見る。
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だが、アイリスは違った。
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「……いる」
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その言葉と同時に。
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空間に“線”が走る。
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まるで、見えない何かが“描かれていく”ように。
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そして――
形になる。
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人の姿。
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だが、完全ではない。
輪郭が途切れ、ノイズのように揺れている。
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「……また、影か?」
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「違う」
アイリスは即座に否定した。
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「これは……もっと上」
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その存在は、こちらを見る。
そして――
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『……検知』
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無機質な声。
感情がない。
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『異常個体……確認』
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空気が張り詰める。
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「……私たちのこと?」
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『該当』
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短い返答。
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『不正挙動……複数確認』
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その言葉に、アイリスの目が細くなる。
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(バグのこと)
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『排除対象』
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次の瞬間。
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空間が“固定”された。
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「……っ!」
リーナが動こうとする。
だが――動けない。
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「体が……!」
ガルドも同じだった。
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まるで、見えない枷で拘束されているかのように。
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「……なるほど」
アイリスだけが、わずかに動けた。
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『抵抗……確認』
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「完全停止じゃないんだ」
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その瞬間。
アイリスは理解した。
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(これは“管理権限”)
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ゲーム時代、運営だけが持っていた強制制御。
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(でも――不完全)
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「だったら」
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アイテムボックスを開く。
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『異常挙動……増加』
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警告のような声。
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「関係ない」
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アイリスは集中する。
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(もっとズラす)
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出し入れ。
出し入れ。
出し入れ。
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空間がブレる。
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「……動ける」
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拘束がわずかに緩む。
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「ガルド!リーナ!」
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二人が一気に動く。
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「おらぁっ!」
ガルドが突進。
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だが――
攻撃は“すり抜ける”。
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「くそっ!」
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「実体がない!」
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『攻撃無効』
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冷たい声。
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だが、アイリスは笑った。
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「知ってる」
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弓を構える。
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(さっきと同じ)
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タイミングを合わせる。
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『排除処理開始』
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空間が歪む。
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「……今」
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矢を放つ。
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ブレた矢。
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複数ヒット。
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一瞬だけ――
存在が“固定される”。
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「そこ!」
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リーナが踏み込む。
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一閃。
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確かな手応え。
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『……損傷……確認』
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初めての変化。
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「効くじゃん」
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アイリスが小さく笑う。
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ガルドも続く。
「ぶっ壊してやるよ!」
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三人の連携が再び噛み合う。
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相手は“管理者の残響”。
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だが――
完全ではない。
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ゴミスキルと呼ばれた力。
それは、管理権限すら揺るがす。
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そして少女は――
“世界の管理側”へと、牙を剥く。




