第2話 外れ伯爵家の三女、領地で自由を得る
伯爵家の応接間には、緊張の空気が漂っていた。
アイリス・フォン・アスラは、父の前に座る。伯爵家の長男と次男は、彼女を冷ややかに見下ろしている。
「三女、あなたにはこの度――」
父の声が低く響く。だが、続く言葉はいつもの褒め言葉ではなかった。
「……領地の隅、ストラ男爵領の開拓村に赴いてもらう」
アイリスは眉一つ動かさず、淡々と聞いていた。前世の経験がある彼女にとって、これは驚きではなく、むしろ計画の始まりに過ぎなかった。
――ふふ、やっと自由にできる土地が手に入る。
父は続ける。
「条件は三つだ。ひとつ――伯爵家の本邸での席を抜き、ストラ男爵位を与えること。二つ――資金援助は一切行わず、そこで築く財産はすべて君のものとする。三つ――君を政治に利用しない」
アイリスは軽く口角を上げた。
「なるほど、条件としては悪くありませんね」
長男が顔をしかめる。「お前、それで満足なのか? 我々の領地と家門の利益を考えれば、本来なら役立てるはずの力を惜しむのは理解できない」
アイリスは笑みを浮かべる。
「私は外れ三女です。政治に利用されるつもりは最初からありません。それに……」
彼女は前世の経験を思い出す。MMORPG『ガイア』での冒険も、財産も、全部自分の努力と知識で築いたものだ。
「自由にできる場所があれば、それだけで十分です」
父はため息をつき、契約書を前に置いた。
「では、署名をするがいい。これで正式に君はストラ男爵領の領主となる」
アイリスはペンを手に取り、淡々と署名する。紙の上に自分の名前を書き終えた瞬間、彼女の心の中には小さな高揚が湧き上がった。
――やっと、誰にも制約されない世界だ。
契約が成立すると、父は言った。
「資金援助はしない。だが、村の管理は君に一任する」
「理解しました」
その言葉にアイリスは心の中で笑った。
――資金がなくても問題ない。前世で散々やり込んだ私は、何もかも計算済みだ。
応接間を後にし、彼女は荷物をまとめ始める。衣装、魔法道具、そして前世で得た知識を活かした小さな道具たち。すべてが、開拓村での生活に必要なものだ。
「さて……まずは村の状態を確認する必要がありますね」
旅路は決して短くない。王都を出て、車馬に揺られ数日、荒れ果てた開拓村が見えてきた。枯れた畑、使われていない倉庫、ところどころ朽ち果てた住居――どれも前世で見覚えのある光景だ。
――ふふ、ここを、私の世界に変えてやる。
まずは契約で保証された権利を確認する。領地は彼女のもの、資金援助はなし、政治利用は不可。これこそ自由の証だ。アイリスは空間支配スキルで倉庫の内装を改造し、暴食スキルで食料と魔力を確保する。そして、ネットショップで外界と取引すれば、資源の不足も即座に解消できる。
「……これで、誰にも邪魔されずに村を改造できるわね」
村の住民は当初、彼女を警戒していた。伯爵家の三女が何の目的でやってきたのか、理解できなかったのだ。
だが、アイリスは微笑んだまま、淡々と仕事を始める。
「まずは倉庫の整理。空間支配で収容力を二倍に拡張します。必要な資源はすぐに暴食スキルで生成」
住民たちは驚きの声を上げる。
「なんだ……この魔女様は?」
「倉庫が……瞬間で広くなったぞ!」
アイリスは軽く手を振る。
「慌てなくても大丈夫です。この村は、これから少しずつ、私の手で整えていきます」
契約で得た権利と自由、そしてスキルを駆使し、アイリスは村の改革計画を頭の中で練る。
――まずは食料と資源の確保。次に住居と倉庫の整備。そして交易ルートの確立。最後に、外界とのネットショップで収益を確保……。
一つずつ、前世で培った知識を実地に落とし込む。誰も理解できないスキル「ネットショップ」も、ここでは役立つはずだ。売れるものは魔法道具でも、希少食材でも、外界との貿易で利益を上げることができる。
「ふふ……これで、外れ三女の私が、この村を支配する日も遠くない」
夕暮れ、荒れた村を見渡すアイリスの背中に、微かな光が射し込む。自由を得た者の視線は、確かな自信と計算に満ちていた。
契約で保証された領地と権利。使えないと思われたスキル。だが、すべてを活かせば、誰も予想しない村の繁栄が待っている――。
アイリス・フォン・アスラの開拓と経営の物語は、ここから始まる。
外れ伯爵家の三女が、自らの手で世界を切り開く――それは、誰も知らない新たな伝説の幕開けだった。




