第19話 影の語り部と遺された攻略法
頭の中に直接響いた声は、低く、かすれていた。
それでいて――確かな“意思”を感じさせるものだった。
『……やっと、来たか』
影は動かない。
だが、その存在は明確にこちらを“認識”していた。
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「……誰?」
アイリスは一歩も引かずに問いかける。
ガルドはいつでも動けるように構え、リーナも静かに気配を探っている。
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わずかな沈黙。
そして――
『……俺は……“残りカス”だ』
苦笑のような感情が、言葉に滲んでいた。
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「プレイヤー……だよね」
アイリスの言葉に、影がわずかに揺れる。
『……分かるのか』
「うん。たぶん同じ側の人間だから」
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その一言で、空気が変わった。
警戒から、わずかな“共感”へ。
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『……そうか……まだ、残ってたか』
安堵のような、諦めのような響き。
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「あなたは、どうしてここに?」
アイリスは核心を突く。
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影は少しだけ沈黙し――
『……攻略中に、捕まった』
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「捕まった?」
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『ああ……あの“核”に』
砕けた結晶の方へ、わずかに意識が向く。
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『ログアウトできなくなって……そのまま、取り込まれた』
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その言葉に、ガルドが顔をしかめる。
「……つまり、死んだってことか」
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『肉体はな』
あっさりとした返答。
だが、その裏にあるものは重い。
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「……それで、今は?」
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『データの残骸……みたいなもんだ』
自嘲気味に言う。
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アイリスはゆっくりと息を吐いた。
(やっぱり……)
ゲームだったはずの世界。
だが、これはただのゲームではない。
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「……でも、話せる」
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『ああ……完全に消える前の“例外処理”だろうな』
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その言葉に、アイリスの思考が反応する。
(例外処理……)
つまり――
(システム的な残り)
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「どれくらい、もつの?」
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『長くはない』
即答だった。
『だから……伝えたかった』
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空気が張り詰める。
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「……何を?」
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影が、わずかに揺れる。
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『この先のことだ』
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アイリスの目が細くなる。
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『ここはまだ“入口”だ』
『本当にヤバいのは……この先にある』
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「……深層」
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『ああ』
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影の輪郭がわずかに崩れ始める。
時間がない。
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『いいか……この遺跡は、本来こんな構造じゃない』
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「やっぱり……」
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『誰かが“書き換えてる”』
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その一言で、すべてが繋がる。
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(外部干渉……)
(核……)
(未知のエリア……)
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「誰が?」
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『……分からない』
影が歪む。
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『でも……プレイヤーじゃない』
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「……え?」
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『少なくとも……俺たちとは違う』
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その言葉は、重かった。
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(プレイヤーじゃない存在が……システムを弄ってる?)
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『……気をつけろ』
影の声が弱くなる。
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『この先は……“仕様外”だ』
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アイリスの目が鋭くなる。
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(仕様外……)
つまり――
(バグすら通用しない可能性)
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『あと……これ』
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影が、わずかに手を動かす。
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次の瞬間。
アイリスの前に、何かが“現れた”。
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「……これは」
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小さな結晶。
透明だが、内部に光が流れている。
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『……座標キーだ』
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「座標?」
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『特定の場所に……ショートカットできる』
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ガルドが目を見開く。
「転移アイテムか……?」
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『ただし……一回だけだ』
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影の輪郭が、さらに崩れる。
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『……逃げる時に使え』
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「……ありがとう」
アイリスは静かに言った。
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影が、わずかに揺れる。
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『……久しぶりだ』
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「?」
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『“プレイヤー”と話すのは』
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その言葉には、ほんの少しだけ温かさがあった。
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そして――
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『……頼んだぞ』
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次の瞬間。
影は、完全に消えた。
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静寂。
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何も残らない。
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「……行ったか」
ガルドが呟く。
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リーナも静かに頷く。
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アイリスは、手の中の結晶を見る。
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(座標キー……)
(仕様外……)
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そして、奥へと続く闇を見る。
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「……行くよ」
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その声に、迷いはなかった。
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ゴミスキルと呼ばれた力。
それは、遺された“攻略法”すら手に入れる。
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そして少女は――
仕様の外側へと、踏み込んでいく。




