環状線
Happy birthday to you, happy birthday to you, happy birthday dear ...
この先はもう、思い出せない。いつからここにいるのか、いつまでここにいるのか。本当は、あの歌に続きなんてなかったのかもしれない。双眼鏡のひび割れたレンズ越しに光の絶えた町を見下ろしながら、ふとそう思った。
崖に腰掛けていた僕はゆっくりと立ち上がり、すり減った靴底を確かめるように靴を履き直した。
「寒いな……さっさと寝るか」
そう独りごちて、寝床まで歩き始める。今日は枯葉をたくさん集めたから、昨夜よりは幾分ましな温もりを得られるはずだ。木々の間を通り抜け寝床に着くと、そこらじゅうを風が走り回ったかのように、枯葉が散り散りになっていた。
「くそ……」
もう一度集めるのか。月の明るい夜で良かったと、無理やり自分を慰める。
集め直した枯葉布団は、最初に集めた量の半分にも満たなかった。悪態をつきながら横になるが、体の芯まで凍えるような寒さで寝られそうにない。そして、こういう夜は決まって、あの日を思い出す。
あの緊急避難警報が、耳を裂くように鳴り響いた日だ。
僕はそのとき、野鳥を追って一人で山にいた。町にいなかった僕の耳にすら、すぐそばで鳴り響いているかのように届いた。
今では、あの町は静まり返っている。
だが、そこには化け物が棲んでいる。二つの眼は焼けつくように輝き、灰色の長い胴を、無機質な透明の鱗が覆っている。奴は錆びついた線路の向こう側から決して出てこない。だが、あの谷間の町は完全に奴の領域だ。
そこまで考えて、はっとした。双眼鏡だ。崖に置き忘れてきてしまった。またあの場所まで戻るのか。今日はとことん災難続きらしい。
面倒だが、仕方ない。僕は暖かくもない枯葉の寝床を抜け出し、再び木々の間を縫って崖へと向かった。
崖の縁に置かれた双眼鏡を見つけた、その時だった。
地の底から響くような、あの化け物の咆哮が夜の静寂を切り裂いた。
この崖は、線路に近すぎる。
咄嗟に身をかがめ、岩陰に身を潜めようとする。
しかし、足元の小石が崩れ落ち、乾いた音を立てた。
体勢を整える間もなく、僕の体は宙に放り出された。
地の底の咆哮が、いつしかあの警報音へと変わっていく。
また、あの日が蘇る。
――誕生日プレゼントに買ってもらったばかりの双眼鏡を首から下げて、僕は山へ野鳥を見に出かけた。
帰り道、いつもの踏切を渡り終えたところで、警報機がけたたましく鳴り始める。その時、首から下げていたはずの双眼鏡がないことに気づいた。
探す視線の先、薄闇の線路の上にそれは転がっていた。
緊急避難警報に似た、嫌な音が踏切から鳴り響く。
ヘッドライトが煌々と光る電車が刻一刻と近づくなか、線路には僕の双眼鏡。
ああ、そうだ。僕はこれを、拾わなくちゃいけなかったんだ。
線路には双眼鏡。
線路には双眼鏡。
だから僕は、まだここにいる。




