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【証拠はいらない】成長し続けないといけない気がしていた

作者: Wataru
掲載日:2026/01/26

相談者は、四十代の男性だった。


身なりは整っている。

言葉遣いも丁寧で、破綻はない。

ただ――椅子に座ってから、一度も背中を預けなかった。


「今日は、相談で」


「どうぞ」


少し間があって、男は言った。


「成長するのを、やめたいんです」


「ほう」


「正確には」

「やめたら、怠けてる気がして」


視線が落ちる。


「これまでずっと」

「もっと上へ」

「もっとできるように」

「そうやってきました」


「成果は?」


「あります」

「評価も、給料も」


「でも」


男は、はっきり言った。


「もう、しんどい」


沈黙。


「休めばいい」


そう言うと、男は首を振った。


「休むと」

「置いていかれる気がする」

「価値が下がる気がする」


「誰に?」


「……分かりません」


俺は、少し考えた。


「聞くぞ」

「成長をやめたら」


「はい」


「何が起きる?」


「……何も起きません」


即答だった。


「仕事は回る」

「生活も困らない」

「誰も、困らない」


「それで?」


男は、拳を握った。


「それなのに」

「自分だけが」

「ダメになった気がする」


「なるほど」


俺は、椅子にもたれた。


「それはな」

「怠けじゃない」


男が顔を上げる。


「“役割”を降りるのが、怖いだけだ」


「役割……」


「常に成長する人」

「止まらない人」

「期待に応える人」


俺は続ける。


「それを、ずっとやってきた」

「だから、外した瞬間」

「自分が空っぽに見える」


男は、黙って聞いていた。


「でもな」


「……はい」


「人は」

「止まっても、消えない」


「成長をやめると」

「怠け者になるんじゃない」


少し間を置く。


「“自分を使い切るのをやめる”だけだ」


男は、長く息を吐いた。


「……証拠、いりませんでした」


「ああ」


「もう」

「分かってた気がします」


「だろ」


男は立ち上がり、深く頭を下げた。


「しばらく」

「何もしない時間を」

「作ってみます」


「上出来だ」


ドアが閉まる。


相棒が言った。


「甘やかした?」


「逆だよ」


「どういうこと?」


俺は窓の外を見る。


「走り続けるしかないって思い込みを」

「一個、外しただけさ」


静けさ。


成長をやめるのは、

落ちることじゃない。


選び直すだけだ。


それが分かったなら――

もう、証拠はいらない。

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