哀れな妄想
「これより軍議を始める」
総大将平宗盛はじめとした平家一門の武将たちがゆっくりと頭を下げる。
皆が畳張りの部屋に縦2列に向い合うようにして座り、宗盛は上座の一段高い畳に1人座っていた。そして、それを遠くから見守るように1人の尼が部屋の隅で佇んでいる。
夜明け間もない卯の刻、平家の本陣はまだ薄暗い。
「聞いた話によれば、一昨日頃から源氏方の船およそ800余艘が満珠島沖にて停泊しておるとのことにございます」
そう話すのは清盛の弟教盛。彼は屋島の戦いにて息子の教経と共に討死にしたと噂されていたが、首の皮一枚になりながらも命かながら長門の国まで流れつき、ここ彦島にて昨日宗盛たちと合流したばかりであった。
「九州に逃れようとあれこれしてるうちに、もうそんなところまで源氏の船団が迫って来ておったとは…」
指揮官の知盛は終始下を向きながらため息混じりの声で言った。他の者もじっと下を向き拳を握りしめていた。
平家軍はおよそ3日前に源氏の船団が自分たちのすぐそこまで迫ってきていたことを知り、大急ぎで自陣の彦島を発ち九州門司へ逃げようとしたが、先回りしていた源氏の軍勢に追い返された。それでもなんとか逃げ回ろうと九州で平家と親睦のある豪族たちに使者を送り助けを乞うも、既に彼らは源氏の手先と化けていた。
結果、陸からも海からも挟み込まれやむ無く自陣の彦島へ退いていったのだった。
「相国様(平清盛)がお亡くなりになって早4年、もしこの場に居てくれれば誰も思いつかぬような策略を立て我が平家を必ずや勝利に導いてくださったのでしょうな…」
はあ…とため息をつき宗盛は頭の後ろをガシガシと掻いた。
「とにかく頑張って戦えばよい!戦は勝利への執念、各武将たちのはたらき、そして亡き相国様のご加護により平家は必ず勝つのじゃ!」
だまんまりとした雰囲気が気に食わなかったのか、宗盛を少々息を荒らげながら言った。武将たちは小さく頭を縦に振り「仰る通り」と呟く。
「で、では!何艘かの小船で敵の本陣に乗り込み奇襲をかけてみてはいかがでしょうか?」
若手の資盛が意気揚々に言った。続けて横にいた教経が言う。
「では我が一番名乗りを上げ、その勢いで大将の義経を____」
「これが今の平家ですか……」
過去の軍議でも一言も口を出さず部屋の隅から様子だけを眺めていた二位尼が重たい口を開けた。
二位尼は言わば平家のご意見判。清盛の妻で宗盛、知盛の母であり、安徳天皇の祖母でもあるため、平家一門の中では一際存在感を放っていた人物である。
「いや、そ、そうなのだ!今それを……思いついているところで……」
「いいかげん現実をもちなさい!」二位尼が声を荒らげた。武将たちの視線が一斉に彼女へ向く。
宗盛は意表を突かれたかのようだった。目を泳がせそわそわしている。
「他の者にやらせておけばよい、あくまで戦の総大将は知盛殿なので私は関係ない、どんな困難でも平家は必ず勝てる……こういった哀れな妄想を語り矢の一本射ることなかったそなたが?平家を勝利に導くことなどできませぬでしょうに…」




