case:3 魔族とは
魔女に拾われてから10年経った。
肉体年齢に引っ張られたのか時間の経過がとてつもなく早く、また慢性的な強烈な眠気のせいでほとんどを寝て過ごした。
俺の親代わりの魔女…名をレイ。苗字は貴族しか持たないらしく俺たちのような平民は名前だけらしい。
自由に歩けるようになったが未だ柵の外には出たことがない。この辺りは危険な魔物が多く蔓延っているらしいから止められた。この家は1LDKのようだがその一室がレイの実験部屋だ。
レイは魔族を人族に戻す研究をしているようで様々な魔物の特徴的な部位が部屋の至る所に散見された。机の上は汚くフラスコや様々な薬草が所狭しと置かれていていつも机の下でレイは寝ている。
「レイ、寝るならベッドで寝なって言ってるだろ」
「あぁごめんね、朝食を頼めるかな」
「…とりあえずリビング来なよ」
レイと暮らし始めて10年経ったが既に俺は家事をやるようになった。レイは実験第一の生活をしているから放っておくと数日飯が野菜を煮ただけだったり酷いときは皿に生の野菜だけ出ることもあった。
もちろん文句を言える立場じゃないが流石に食えたもんじゃないから料理をやるようになりその流れで洗濯や掃除もするようになった。別に苦じゃなかったし暇だったのでちょうど良かった。
机の上に固いパンとスープを並べ向かい合わせて食事を始める。少ししてレイは沈黙を破り、口を開く。
「さて、シン。もう10歳になったから聞くんだが魔法に興味はあるかな」
「あぁ、もちろんある」
「そう、じゃあ魔法は近いうちに学んでもらうから期待しておいてね」
「わかった」
10歳になったが別に数えてるわけじゃないし誕生日に祝ってもらったこともない。ただこの世界は毎年新年になると黒い月が空に現れるようになる。それが現れると1年経ったことになる。ちなみに結構でかくて不気味だ。
それにしても魔法か、やっぱり憧れる。男は1度は火を吐き出したり氷の剣を作ったりしたいものだ。楽しみだな。
少しワクワクしながらパンを齧っているとまだレイが俺のことをじっと見ていた。眼帯をしていても明確に感じる視線に問いかける。
「…なんだ?レイ、俺の顔に何かついてるか?」
「ずっと考えていたんだがシンはなんの魔族なんだろうね?」
「なんの…?魔族は魔族だろ」
「魔族にも種類がある、例えば最もメジャーなのがドレイク種の魔族。いわゆる蜥蜴だ、まぁ細かく分類するとその中にも色々あるんだけどね」
俺は自分がなんの魔族か把握しているが、そういえばレイに伝えていなかったな。
俺が選んだ魔物は…
「バット種だよ、蝙蝠の魔族だよ」
「バット種か、随分と強力な種族だね」
レイは嬉しそうに顔の前で手を合わせて笑う。
バット種を選んだ理由は空を飛べるからだ、他にも様々な候補があったが龍の魔族とかに生まれてしまっては命の危険が増すばかりだし、なにより蝙蝠は出来ることが多い。
「夜目は聞くし、優れた平衡感覚、空は飛べる上に音波を飛ばして索敵まで出来る」
「流石だな、ところでレイはなんの魔族なんだ?」
「…内緒」
悲しそうに笑ったレイは引き止める間もなくすぐに実験室に戻って行った。空の食器を片付けている最中もレイの種族が気になった。まぁ粗方察しは着いているがそれでもこれ以上聞き出す必要は感じなかった。
命の恩人が秘密に従っているものを無闇矢鱈に掘り出すものではないだろう。
次の日、俺はレイと一緒に魔法を学び始めた。
この世界には五大属性と呼ばれる基本の属性がある。
火、水、風、土、雷だ。それぞれに相性があり、例えば火属性ならば水に弱く、風に強い。当然だ、火に水をかければ弱まるし、逆に火に風を当てれば強くなる。そしてひとには属性の向き不向きがあり基本的にひとりひとつまでだ。
レイはどうやら水と土が得意な稀有な人のようでこれは二種持ちと呼ばれ本来ならばこんなとこで暮らすような人ではない。魔族でなければ今頃有名な魔法使いになっていただろう。
そして得意な属性を調べるのに使うのが虚の魔石と呼ばれる特殊な鉱石だ。魔石とは魔力を込めることが出来る鉱石で、環境によって属性の色が移る。例えば火山では朱の魔石が取れ、魔力を込めることで火が発現するらしい。
そしてこの虚の魔石は属性が一時的にしか残らない魔石らしく鉱山でよく取れるらしい。かなり安く売られ、その特性を用いて得意属性を調べたり魔力の練習に使われたりと用途は多岐に渡る。
「試しに私が込めてみよう、よく見ててね」
そう言ってレイが手に持つと青色と茶色のグラデーションがかった色に魔石が変わる。
得意気に魔石を見せてくるレイだったが、程なくして元の黒色に戻る。
「さて、シンにもやってもらいたいけどその前に魔力の扱い方を教えてあげる」
「頼む」
「肉体年齢が10歳くらいになると、体が魔力を作り始める。それはなんとなく分かってると思うんだけど認識できる?」
レイの言う通りこの世界は肉体がある程度成熟してくると魔力を生成し始めるらしく、俺もそれはなんとなく認識していた。意識するとごく僅かであるが体の内側にほのかに熱を帯びたなにかが駆け巡っているような感覚がするのだ。
目を閉じて体の内側に意識を向ける、相変わらず微小な魔力が体の中に流れているのは感じられる。
「この暖かい何かか?」
「その調子だ、そしたらその暖かいものをこの魔石に移すイメージだ」
レイが差し出してきた魔石を受け取り、体を巡る緩やかな魔力を魔石に向ける。するとやがて冷たい魔石も俺と同じくらいの温度になり始め、やがて魔石も含めて俺の体に魔力が循環し始める。
「…目を開けてごらん」
優しい声色で囁くレイに従い、目を開くと魔石は緑色になっていた。ということはつまり
「風属性か、いいね」
「あぁ、ダブルじゃなくて残念だ」
「ダブルなんてそうそういないんだからそう落ち込まない方がいいよ」
「まぁそうだな、切り替える」
もしかしたらとは思っていたがそう上手くは行かないものだ、まぁそう悲観するものでもない。
俺が選んだ恩寵はそれはそれは強力だからな、最悪魔法が使えなくてもなんとかなる。
でも風か、微妙な気がするなぁ。もっと派手なのが良かったと思うがまぁ贅沢だな。
「さて、風属性ということは…」
「風属性ということは???」
なんだろうか、各属性ごとに教え方は変わるがレイは一体どんなことを教えてくれるのだろうか。
そう期待していたがレイの口から出てきたのは予想の正反対のものだった。
「私に教えれるものはなにもない!」
「…は?」
神はウィンドウで慎也の動向をチェックしながらもうひとりの履歴書を見る。
慎也を送り込んだことで僅かに、しかし確実に力が取り戻せているのを神は感じていた。その証拠に面接室の中にはコーヒーメーカーが置かれ、ほのかな苦味を堪能することができるようになっていた。
ほどなくして、神の前にひとりの女性が現れ、不安そうにしていた。
じっと神は女性を見つめ、そして口を開く。
「後藤あさひ、転生に興味ないか?」
履歴書に問題は無い、あとは人間性が良ければ神は再び転生の奇跡を使う。
脳裏によぎるCode:Shadowというプロジェクトに一抹の不安を感じながら。