第六章 選んだつもりの結果
夜。
机の上のノートは開いたまま、じっとこちらを見ているように見えた。
余白ににじんだ「佐伯」と「木下」の名は、掠れて判読できない。
ページの中央に残されていたのは、一行だけ。
> あなたは選んだ
——私は、誰を。
昨日の記憶は曖昧で、掴もうとすると水の底に沈んでいく。
助けたはずなのに、同時に失った感触だけが手のひらに残っていた。
翌朝。
ノートを開くと、新しい一文が浮かんでいた。
> 今日、あなたは呼ばれる
短いその行に、血の気が引いた。
「呼ばれる」とは、どこへ、誰に——。
ページはそれ以上を教えてはくれなかった。
昼。
アパートの廊下を歩いていると、背後で自分の名前を呼ぶ声がした。
振り返ったが、誰もいない。
ただ、冷たい空気だけが肺に入り込んでくる。
再び声がした。今度は耳の奥で、はっきりと。
呼ばれている。
足が床に縫いつけられ、動けなくなる。
慌てて部屋に戻ると、ノートが机の中央で開いていた。
ページの途中までにじんだ文字が残っている。
> あなたは——
その先は白紙だった。
私はペンを手に取っていた。
書くつもりなんてなかったのに、指が勝手に動く。
白い余白に、ゆっくりと自分の名前が浮かび上がった。
次の瞬間、背後から冷たい手が伸び、私の腕を掴んだ。
強く引かれる感触。
けれど、同時に「私の方が誰かを引きずり込んでいる」ような錯覚に襲われた。
視界が暗く沈む。
最後に聞こえたのは、確かに私の名前を呼ぶ声だった。
翌日。
管理人が開けた部屋の中は空だった。
机の上に、ノートだけが残されていた。
最初のページには、変わらず一行が記されている。
> あなたは選んだ