第五章 二人の未来
午前。
駅へ向かう前にノートを開くと、すでに二行が並んでいた。
> 今日、佐伯は再び倒れる
> そのとき、木下も転ぶ
佐伯。昨日助けた中年の男性。
木下。隣の部屋の女性。
二人の名前が、同じページに並んでいる。
胸の奥で心臓が一拍遅れて鳴った。
どちらかが犠牲になる、と告げられているようにしか見えなかった。
昼。
人混みの駅構内。
階段を下りかけたとき、数段下に佐伯の姿があった。
よろめきながら手すりにすがりつき、足元が覚束ない。
その数段上には木下がいた。
両手に紙袋を抱え、急ぎ足で降りてくる。
——二人が、同じ階段に。
息を呑んだ瞬間、佐伯が膝を折り、前へ崩れかけた。
同時に、木下の袋が裂け、瓶が階段を跳ねて落ちる。
足を取られた彼女の体も、大きく傾いた。
上下で、二人の体が同時に崩れる。
「待って!」
思わず叫び、片方にしか届かない腕を宙へ伸ばした。
佐伯の手か、木下の腕か。
どちらかを掴めば、もう一人は——。
時間が、ひどく遅く感じられた。
耳の奥で、二つの声が重なった。
「……助けて」
「……呼んで」
私の名前を呼んだ気がした。
どちらからなのか、判別できなかった。
指先が震える。
掴むのは、誰だ。
夜。
部屋に戻ると、机の上のノートが開いていた。
ページには、すでに一行が残されていた。
> あなたは選んだ
それだけ。
誰を救ったのか、誰が落ちていったのか。
文字は語らなかった。
ただ、余白に二つの名前がにじんでいた。
——佐伯。
——木下。
どちらも掠れて、最後まで読めなかった。
助けたはずなのに、失った感覚だけが胸に残っていた。