第四章 書かれた通りに動く
白い花を買うつもりはなかった。
昨日の予告を見たとき、まず浮かんだのはその拒絶だった。
「買わない。絶対に」
声に出してみても、言葉は軽く、
自分を安心させる響きしか返ってこなかった。
赤い傘も、炭酸水も、呼び声も。
避けようとしても、避けられなかった。
予告は、避ければ避けるほど、
私の行動を捕まえてくる。
昼過ぎ。
机に向かって作業していたはずが、
ペンが指から滑り落ちた。
拾おうとした瞬間、なぜか財布を手にしている。
気づけば足は立ち上がり、
玄関へ向かっていた。
ドアノブに手をかけたとき、
「何をしているの?」と自分に問いかけようとした。
けれど、その隙間すら与えられなかった。
外気が頬を撫でた瞬間、
甘い匂いが鼻をかすめる。
——花の匂い。
気づけば、花屋の前に立っていた。
視線の奥で、ひと束の白い花が光を反射している。
店員が「どうぞ」と言った瞬間、
私は紙幣を差し出していた。
レジ袋の中の花は、私が握るたびにふわりと揺れ、
歩くたびに白い花弁が視界の端をちらついた。
買った覚えも、選んだ記憶もない。
けれど手は確かに、その袋を離そうとしなかった。
帰宅すると、ノートが机の上で開いていた。
ページの上段には、すでに新しい予告が記されている。
> 午後三時、左手で窓を開ける
時計は二時五十五分。
「やらない」と心で繰り返す。
椅子に座り、腕を組み、
窓から視線を外した。
三時のチャイムが遠くで鳴る。
その音に押し出されるように、
腕が勝手にほどけた。
左手が机を押し、立ち上がる。
足が窓辺まで進み、
指が鍵にかかる。
窓を開けた瞬間、湿った風が部屋に流れ込んだ。
カーテンが大きく膨らみ、視界が白く覆われる。
その白の向こうから、低い水音が耳に忍び込んできた。
机の上のノートが、またひとりでにページをめくった。
> 明日、あなたは呼ばれた方へ歩き出す
その一文を見たとき、私は気づいた。
——もう「読む」ことすら必要なくなっている。
ページを開く前に、体は動く。
そして次に動く先も、もう決まっている。