第二章 避けられない予告
翌朝、私は決めていた。
——今日は缶コーヒーを買わない。
コンビニも駅前の自販機も、全部避ける。
そうすれば、予告は外れる。
「わざわざ飲まなきゃ、落としようがない」
声に出してみても、どこか軽い。
自分を安心させようとする響きだけが残った。
昼過ぎ。
作業の合間に、少し外の空気を吸いたくなった。
日差しが強く、喉が渇く。
視線の先に、自販機。
足が自然にそちらへ向かい、気づけばボタンを押していた。
出てきたのは、透明なペットボトルの無糖炭酸水。
——大丈夫。コーヒーじゃない。
そう思いながら帰路についた。
「藤宮さん?」
背後から声をかけられ、反射的に振り向く。
同じアパートの住人が手を振っていた。
少し駆け寄った瞬間——
とんっ。
ペットボトルが足元で跳ねて転がり、
中の水が鈍く揺れる音がした。
アスファルトの上に、小さな水の輪がひとつ残った。
……落とした。
炭酸水だ。
缶コーヒーじゃない。
けれど胸の奥が、妙にざわつく。
部屋に戻り、ノートを開いた。
昨日見た二枚目の文章が、変わっていた。
> 明日、あなたは炭酸水を落とす
> 場所はアパートの前
息を呑む。
昨日は「缶コーヒー」とだけ書かれていたはずだ。
それが、今日の私の行動に合わせたように、飲み物ごと置き換わっている。
しかも、昨日はなかった「場所」まで加わっている。
まるで、私がどこで何をしたのか——誰かが間近で見ていたみたいだ。
ページは乾いているのに、文字の縁だけがまだ濡れているように見えた。
その夜、ノートは勝手にページをめくっていた。
> 明日、あなたは知らない声に名前を呼ばれる
短い一文なのに、胸の奥で冷たいものが広がる。
耳の奥で、小さな波音のような気配がした。
知らない声。
名前を呼ばれる。
——振り向くな。
そういう話を、昔どこかで聞いた気がする。
でも、誰に言われたのかは思い出せない。
私はページを閉じた。
革表紙の冷たさだけが、指に残ったままだった。