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溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
第八部 溺れる名前
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第六章 触れられない真実

机の上には、取材ノートと、複写した戸籍記録、卒業アルバムのコピーが並んでいる。

日記もそこに開かれたまま、静かに置かれていた。


私はパソコンを起動し、調査結果をまとめ始めた。

学校の記録、公的な死亡届、母の証言。

そして、日記に繰り返し出てきた二つの名前――みさき、たかひろ。


画面に文字を打ち込む。

「ヒナは、同級生によるいじめで水に落とされ――」


……打ったはずの文章が、消えている。


カーソルは確かにそこにあるのに、「いじめ」も「溺死」も、入力してもすぐに白く滲んで消えていく。

代わりに、何も書かれていなかった空白が滑らかに繋がっていく。


試しに別の言葉で書き直す。

「水に落とされ」→「事故で水に落ちた」

今度は残った。

だが、それでは事実が歪む。


不意に、横でページがめくれる音がした。

日記だ。


開いた先に、稚拙な文字が並んでいる。


> みさきちゃんが よんでる

> たかひろくんも よんでる

> よんで みずに おとす

> およげないから みんなわらってる


文字が波打ち、紙の奥で水面が揺れている。

そこに別の筆跡が重なる――もっと古く、かすれた字。


> なまえを よばれた

> つめたい てがあしをひっぱる

> くらくて みえない

> おかあさんの てがはなれた


ページをめくるたび、文字の時代や筆跡が入り混じっていく。

どこまでがヒナの声で、どこからが別の誰かの声なのか、判別できない。

水の底で語られる景色は、妙に重なり合っていた。


> みんな わたしをみてた

> みずのそこ おちていく

> なまえが おもくなる


ページの隅には、薄い鉛筆書きでこうあった。

「井戸」


カーソルが勝手に動き、記事の末尾に一行が追加された。


――ヒナは、病気で亡くなりました。


その文字だけが濡れて光り、雫が垂れたようににじみが広がっていく。

背後で、小さな水音がひとつ響く。


振り返ると、開かれたままの日記の奥で、また別の時代の声が重なっていた。


> わたしの なまえを おぼえて


そしてページが、ゆっくりと閉じた。

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