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溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
第八部 溺れる名前
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第五章 記憶の底

取材を終えて宿に戻った夜、私は机の上に日記を置いた。

表紙は薄暗い部屋の光を吸い込み、かすかに湿っている。


開くと、紙の繊維が指に吸い付くような感触がした。

ページは勝手にめくれ、ヒナの字が現れる。


> みさきちゃんが よんでる

> たかひろくんも よんでる


たかひろ――誰だ?

けれど、この名前には覚えがあった。

数か月前、失踪事件の資料の中に記されていた名前と同じだ。

その人物は、あの町の空き家で消息を絶ったと報告されていた。


次の行に、文字が続く。


> よんで みずに おとす

> およげないから みんなわらってる


インクが滲み、最後の文字が水の波紋のように揺れている。

耳の奥で、幾つもの笑い声が重なった。

甲高い声、低い声――二人、三人……もっといる。


「……私は押してない」

昼間、あの女性が繰り返した言葉が甦る。


ページの下に、小さな文字があった。

そこだけ筆圧が深く、紙を破りそうなほどだ。


> みんな わたしをみてた


指先で触れると、冷たい水がじわりと染みてきた。

瞬きをした途端、その水は文字ごと紙の奥へ沈み、消えた。


私はそっと日記を閉じた。

外は静かなはずなのに、耳の奥ではまだ、誰かの笑い声が消えずに残っていた。



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