第四章 改ざんの痕
町役場の資料室は、窓の少ない薄暗い部屋だった。
古い書類特有の、乾いた紙とインクの匂いが漂っている。
職員に許可を取り、私は戸籍台帳と死亡診断書の控えを机に広げた。
ページを慎重にめくると、そこに宗村ヒナの記録があった。
――享年三歳。死因:病死。
一見、整った記載。
だが、診断名の欄だけが不自然に薄く、他の文字よりも新しいインクで書かれている。
さらに、医師署名欄の筆跡を見た瞬間、背筋が冷えた。
これは、以前見たヒナの母の署名と、あまりにも似ている。
紙の裏に光を透かすと、かすかな筆圧の跡が浮かび上がった。
斜めに走る線と文字――
「およげなかった」
「水のそこ」
「みんなみてた」
思わず息を呑む。
公式記録の裏に、消された言葉が残っている。
そのとき、机の上に置いた日記が音を立てた。
ページがひとりでにめくれ、開いた箇所に、稚拙な筆跡でこう書かれていた。
> みさきちゃん みてた
インクは乾いていない。
指先で触れると、冷たい水滴がすっと染み込む。
急いで手を離すと、水は文字と共に紙の中へ沈んでいった。
私は目を閉じ、深く息を吐いた。
病死という記録の下に、別の出来事の痕跡が確かにある。
だが、それを表に出せば、この記録もまた消えてしまう気がした。
机の隅で日記がわずかに震えた。
次のページが、ゆっくりと開こうとしている。