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溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
第八部 溺れる名前
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第二章 みんな わらってた

女性の自宅を訪ねる前、学校資料室で卒業アルバムを確認した。


ページをめくると、数年前のクラス写真の中に、見覚えのある名字があった。

現在の住所録には載っていない――だが、数週間前に別件の調査で見た記録の中に、その名前はあった。

当時の資料は、町で起きた失踪事件の関係者リスト。

そこには、日記を巡る不可解な出来事と共に、その名前が記されていた。


その人物は、このクラス写真では二列前の中央に座っている。

その少し後方、斜め右には、これから会いに行く女性の姿があった。

二人の距離は近くはないが、同じ教室の空気を共有していたことだけは確かだ。

色褪せた写真の中で、何人かの笑顔がやけに目を引く――その並びは、どこか作り物めいていた。


アルバムを閉じ、私は住所録を頼りに古びたアパートへ向かった。


二階の突き当たり。

インターホンを押すと、しばらくしてドアがわずかに開いた。


顔を覗かせたのは、名簿で確認した名前の女性だった。

こちらの名を告げると、一瞬だけ目が揺れたが、無言で中へ招き入れた。


部屋は狭く、カーテンが閉め切られている。

昼間なのに薄暗く、空気がどこか湿っていた。


テーブル越しに向かい合うと、彼女は膝の上で手を組み、俯いたまま動かない。


「あなたは……ヒナさんと同じクラスでしたよね」

わずかに肩が揺れた。


「学校の記録には、彼女が小学五年まで在籍していた痕跡があります。

でも、公的な死亡記録では享年三歳、病死とされている」


言葉を切り、相手の反応をうかがう。

彼女は顔を上げず、静かに息を吐いた。


「……プールで事故があったのは覚えてる」

「事故……ですか?」

「ええ。でも、詳しいことはもう……あの時は急に騒がしくなって……」


視線がテーブルの端をなぞる。

「気づいたら、もう先生たちが来てて……。誰が何をしていたのかなんて、私には……」


「その日、ヒナさんは……笑っていましたか?」

私の問いに、彼女は小さく首をかしげた。

「……わからない。ただ、周りが笑ってた気はする」


その瞬間、足元でぽたり、と水滴の音がした。

慌てて視線を落とすと、床には小さな濡れ跡が出来ていた。


バッグから日記を取り出し、机に置く。

開くつもりはなかったのに、ページが勝手にめくれた。


そこには、子どもの筆跡でこう書かれていた。


> みんな わらってた


文字の線が波打っている。

指先でなぞると、冷たさと共に、どこか遠くで響く笑い声が耳の奥をくすぐった。


顔を上げると、彼女は私の背後を見つめていた。

その瞳は焦点が合わず、何かを追っているように揺れている。


「……あれは事故だった」


そう言って、彼女は口を閉ざした。


私はゆっくりと日記を閉じた。

紙の中に閉じ込められたような笑い声が、まだ耳に残っていた。

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