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溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
第八部 溺れる名前
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第一章 消えたページ

再び、この町に来ることになるとは思わなかった。


少し前まで追っていたのは、先輩記者の失踪事件だった。

あの家に足を踏み入れたまま、消息を絶った人。


現場から見つかった一冊の古びた日記が、すべての始まりだった。

ページをめくるたびに名前だけが残り、証言も、写真も、記録も水に溶けるように消えていった。


それでも――どうしても確かめたいことがある。


私は市役所の閲覧室にいた。

蛍光灯の光は弱く、古い書類の黄ばみに吸い込まれていく。


机の上に置かれた死亡記録。

そこには、はっきりとこう記されていた。


――宗村ヒナ。享年3歳。死因:病死。


病死。


視線を外し、隣に積んだ学校の資料を開く。

地域の小学校の名簿と、年度別の卒業文集。


ページをめくると、そこにヒナの名前があった。

しかも、小学五年生の欄に。


記録と食い違っている。

享年3歳のはずが、小5まで在籍していた?


さらに調べると、出席簿の端に古い作文の切れ端が残っていた。

「水泳大会」「体育」「放課後」――水を連想させる言葉がやけに多い。


だが、その作文の多くは途中で破られ、残っていない。

破り取られたページの切り口は、方向も長さもすべて揃っていた。


偶然じゃない。

誰かが、特定の部分だけを意図的に消している――。


そのときだった。


机の端に置いていた日記が、

かすかに紙の擦れる音を立てた。


目を離していたわずかなあいだに、

ページが一枚、ゆっくりと――風もないのに――めくれていく。


そこには、幼い文字でこう書かれていた。


> あした プール いやだ


ひらがなだけの、ぎこちない文字。

インクは乾いているはずなのに、紙面が波打っていた。


指先でそっと触れると、冷たい感触が伝わってくる。

まるで、紙の奥から水がにじみ出してくるように――。


私は反射的に日記を閉じた。

閉じると、室内はまた静けさを取り戻す。


けれど、机の上の資料に視線を戻した瞬間、心の奥がざわりと波立った。


……この名簿の空白と、日記の言葉は――きっと、つながっている。

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