第一章 消えたページ
再び、この町に来ることになるとは思わなかった。
少し前まで追っていたのは、先輩記者の失踪事件だった。
あの家に足を踏み入れたまま、消息を絶った人。
現場から見つかった一冊の古びた日記が、すべての始まりだった。
ページをめくるたびに名前だけが残り、証言も、写真も、記録も水に溶けるように消えていった。
それでも――どうしても確かめたいことがある。
私は市役所の閲覧室にいた。
蛍光灯の光は弱く、古い書類の黄ばみに吸い込まれていく。
机の上に置かれた死亡記録。
そこには、はっきりとこう記されていた。
――宗村ヒナ。享年3歳。死因:病死。
病死。
視線を外し、隣に積んだ学校の資料を開く。
地域の小学校の名簿と、年度別の卒業文集。
ページをめくると、そこにヒナの名前があった。
しかも、小学五年生の欄に。
記録と食い違っている。
享年3歳のはずが、小5まで在籍していた?
さらに調べると、出席簿の端に古い作文の切れ端が残っていた。
「水泳大会」「体育」「放課後」――水を連想させる言葉がやけに多い。
だが、その作文の多くは途中で破られ、残っていない。
破り取られたページの切り口は、方向も長さもすべて揃っていた。
偶然じゃない。
誰かが、特定の部分だけを意図的に消している――。
そのときだった。
机の端に置いていた日記が、
かすかに紙の擦れる音を立てた。
目を離していたわずかなあいだに、
ページが一枚、ゆっくりと――風もないのに――めくれていく。
そこには、幼い文字でこう書かれていた。
> あした プール いやだ
ひらがなだけの、ぎこちない文字。
インクは乾いているはずなのに、紙面が波打っていた。
指先でそっと触れると、冷たい感触が伝わってくる。
まるで、紙の奥から水がにじみ出してくるように――。
私は反射的に日記を閉じた。
閉じると、室内はまた静けさを取り戻す。
けれど、机の上の資料に視線を戻した瞬間、心の奥がざわりと波立った。
……この名簿の空白と、日記の言葉は――きっと、つながっている。