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溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
第七部 沈みゆく証言
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第六章 引き込み

膝まで達した水は、呼吸を整える間もなく腰へと迫ってきた。


流れはないのに、全身がゆっくりと押し下げられていく。

皮膚の下に、冷たい重りが入り込んでいるような感覚。


机の上のノートは、濡れないまま白紙を開いていた。

紙はわずかに膨らみ、縮む。

その動きが、私の肺の呼吸と同じリズムになっていることに気づく。


ページの中央に、水滴がぽたりと落ちた。

波紋が広がり、淡い線が滲むように文字を描く。


> 名前を最後まで。


喉がかすかに動いた瞬間、足首に絡みついていた白い指がふくらはぎへと這い上がった。

冷たさが皮膚を抜け、筋肉の奥に染みていく。


水位は胸に達し、息が浅くなる。

口の中がひやりと広がり、舌先の感覚が遠のく。


耳の奥で、水の中から響くような低いざわめきがした。

それは言葉のようでもあり、単なる水音のようでもあった。


ノートのページが、風もないのにひとりでにめくられる。

裏表紙に近い一枚が開かれ、その中央に二つの水滴が同時に落ちた。


波紋が重なり合い、人の名前に似た輪郭を作っていく。

けれど、その文字は途中で滲み、形を保てない。


胸の奥で肺が痙攣した。

視界の端が黒く滲み、天井と水面の境界が溶けていく。


足元から、冷たい手が何本も伸びた。

引くでも押すでもなく、ただ沈む方向を示す。


最後に耳の奥で囁きが響く。


——下まで来れば、全部わかる。


その声と同時に、全身が水の奥へと滑り落ちていった。

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