第二章 一行目の罪
ページが、勝手にめくれた。
触れていないはずの紙が、ゆっくりと波打ちながら開いていく。
乾いた音ではない。
湿った指先でめくったような、ぬるりとした気配を伴っていた。
そこに記されていたのは、たった二行。
> 高一の夏、あの子の上履きを切り裂いた。
> 泣き声を聞きながら、笑っていた。
瞬きもできず、視線がそこに縫い止められた。
胸の奥がきゅっと縮む。
脈が一拍遅れて打ち、全身の血が冷たくなる。
こんなこと、私は——。
いや、そんな記憶は……ない。
……はずだった。
次の瞬間、視界が揺らぎ、色も音も変わった。
足元に白い布の切れ端が散らばっている。
切り裂かれた縁は、まだわずかに温かい。
手に握られたハサミの刃が、蛍光灯の光を冷たく反射している。
耳の奥で、金属音が何度も跳ね返る。
高く澄んだ音なのに、背骨を這い上がってくるような嫌な響き。
視界の隅で、小さな肩が震えていた。
顔は伏せられ、声はかすれている。
それでも泣き声は、はっきりと聞こえた。
——なのに、私の口元は笑っていた。
胸の奥で、別の声が囁く。
「そうだよ、あなたは笑っていた」
違う。
違う——そうじゃない。
頭の中で否定した瞬間、現実の感覚が足元から戻ってきた。
冷たい。
視線を下げると、床の上に水たまりができていた。
その中心に、白い布のようなものが沈んでいる。
じわじわと黒くにじみ、輪郭が溶けていく。
ぴちゃん。
水面に小さな波紋が広がった。
中心から、白い指先が一瞬だけ浮かび、すぐに沈んだ。
背筋が凍る。
呼吸が浅くなる。
そのとき、ページがもう一度——勝手にめくれた。
次の一行が、湿った紙の上に、滲むように浮かび上がる。
> あれは、これからもっと思い出す。
皮膚の内側で冷たい針が何本も突き立つような感覚が、背骨を駆け上がった。