表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
第七部 沈みゆく証言
26/50

第二章 一行目の罪

ページが、勝手にめくれた。


触れていないはずの紙が、ゆっくりと波打ちながら開いていく。

乾いた音ではない。

湿った指先でめくったような、ぬるりとした気配を伴っていた。


そこに記されていたのは、たった二行。


> 高一の夏、あの子の上履きを切り裂いた。

> 泣き声を聞きながら、笑っていた。


瞬きもできず、視線がそこに縫い止められた。


胸の奥がきゅっと縮む。

脈が一拍遅れて打ち、全身の血が冷たくなる。


こんなこと、私は——。


いや、そんな記憶は……ない。

……はずだった。


次の瞬間、視界が揺らぎ、色も音も変わった。


足元に白い布の切れ端が散らばっている。

切り裂かれた縁は、まだわずかに温かい。

手に握られたハサミの刃が、蛍光灯の光を冷たく反射している。


耳の奥で、金属音が何度も跳ね返る。

高く澄んだ音なのに、背骨を這い上がってくるような嫌な響き。


視界の隅で、小さな肩が震えていた。

顔は伏せられ、声はかすれている。

それでも泣き声は、はっきりと聞こえた。


——なのに、私の口元は笑っていた。


胸の奥で、別の声が囁く。


「そうだよ、あなたは笑っていた」


違う。

違う——そうじゃない。


頭の中で否定した瞬間、現実の感覚が足元から戻ってきた。


冷たい。


視線を下げると、床の上に水たまりができていた。

その中心に、白い布のようなものが沈んでいる。

じわじわと黒くにじみ、輪郭が溶けていく。


ぴちゃん。


水面に小さな波紋が広がった。

中心から、白い指先が一瞬だけ浮かび、すぐに沈んだ。


背筋が凍る。

呼吸が浅くなる。


そのとき、ページがもう一度——勝手にめくれた。


次の一行が、湿った紙の上に、滲むように浮かび上がる。


> あれは、これからもっと思い出す。


皮膚の内側で冷たい針が何本も突き立つような感覚が、背骨を駆け上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ