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溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
第六部 底の名
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補章 浮かびあがる名前

あの家は、もう立入禁止の札が貼られていた。


理由は「安全性に関わる構造不備」。


けれど、それを本当に知っていた者は、もうどこにもいない。


あの床の下にあったのは、ただの構造物ではなかった。


“名前”そのものが染み込んだ場所。


誰かが書き、誰かが忘れ、誰かが沈めた――

そんな、記憶の墓のような場所だった。


ノートは、誰のものでもなくなっていた。

けれど、誰の記憶からも切り離されてはいなかった。

ページはふやけている。けれど、濡れてはいない。

乾いているはずなのに、紙の芯だけが、じっとりと冷たい。

表紙は無地。

だが、裏返すと、滲むようにこう書かれている。


> はじめまして。

> あなたの名前を、教えてください。


その一行の下、白紙だったページの中央に、何かが浮かび始めている。


それは、誰かが“書いた”ものではない。


——“名”そのものが、浮かびあがろうとしている。


記憶よりも先に。

言葉よりも先に。


名前は、いつも“そこにある”。


その名前が、誰に読まれるのか。

誰の中に染み込んでいくのか。

それは、まだ誰にもわからない。


ページが、静かに、風を孕みながらめくられていく。


白紙だったはずの紙面に、またひとつ、“声”がにじんでいく。


ふたたび、新しい“誰か”の名前が記されようとしていた。

けれど、今回それは、前とは少しだけ違っていた。


その名前のすぐ下には、こう続いていた。


> ずっと、あなたを待っていました。

> まだ、終わっていません。


そして、どこかでまた、水の音が――

“すぐそばで”鳴っていた。



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