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溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
本編
2/45

第二章 異常の進行

> 4月18日 曇り

> 今日も夢を見た。

> 深いところに、何かがいる。私を呼んでいた。

> 起きたとき、布団が湿ってた。なんで?


ぞっとした。

この部屋は1階で、雨漏りなんてありえない。

それなのに、日記を読んだあと、俺の指先までじんわりと濡れていた。


気のせいかと思った。だが、読み進めるにつれ、湿り気は確実に増していた。


> 4月20日 雨

> 水道の音が止まらない。

> ちゃんと閉めたのに、蛇口の奥で水が回ってる。

> 夜中に起きたら、足が冷たくて……

> 私、どこで寝てるんだろう?


顔を上げると、キッチンの蛇口がぽたぽたと水を垂らしていた。


さっきまで止まっていたはずだ。


蛇口をひねる。止まった。

……と思った矢先、今度は風呂場から、ぴちゃん、と音がする。


覗くと、風呂の中に、薄く水が張られていた。


「空にしたはずだろ……」


吐き捨てるように言いながら、俺は風呂の栓を確かめた。

抜けている。それでも、底のほうに水が溜まっているのはどう考えてもおかしい。


その水面に――

一瞬だけ、顔が浮かんだ。


濡れた長い髪。

笑っているような、でも目が死んだままの少女の顔。


瞬きをしたときには、もう何もなかった。


けれど、心臓が、氷のように冷えたまま鼓動を止めない。


> 4月23日

> 学校のトイレで鏡を見たら、水の中みたいだった。

> 自分の顔が揺れて、違う人みたいで、

> でもその顔、笑ってた。私じゃないのに。

> あれは、私の“ふりをした何か”だった。

> 笑ってる意味が、わからなかった。

> 怖かった。


次の瞬間、自分のスマホに映る自分の顔が、ほんの一瞬だけ、歪んだ気がした。


震える手でスマホを伏せた。


この日記はただの日記じゃない。

読み進めるたびに、現実が引きずられている。


そして、部屋の床に目をやったとき――


「……濡れてる……」


確かに、フローリングの隙間から、水がにじんでいる。

歩いた足跡が残るほど、うっすらと濡れている。


天井を見上げる。染みはない。

壁紙も乾いている。


なのに、床だけが、湿っていく。


それは、日記のページと同じだ。

何もしていないのに、じわじわと湿って、にじんで、染み込んでいく。


「やめた方が……いいのか?」


そう思った。


だが、ページを閉じようとした瞬間、日記がぱたり、と勝手にめくれた。


そのページには、大きく、太く、筆跡が震えたままの文字でこう記されていた。


>やめないで

>最後まで、読んで


空気が、冷えた。


そして俺は――読むのを、やめられなくなった。


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