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溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
第五部 母の頁(はしら)
18/50

第五章 最後にいたのは

引っ越しの荷造りは、半分以上終わっていた。


この家に残るものは少ない。


ヒナの服も、リボンも、写真も、全部箱に詰めて、テープで封をした。


でも、まだ何か忘れている気がして、私は最後にもう一度だけ、あの部屋を開けた。


机の上に、一冊のノートがあった。


見覚えがある。

何度も開いて、何度も書いて、何度も涙を落としたページたち。


けれど、いまそのノートを見ても、不思議と何も思い出せなかった。


私は手に取ろうとして、やめた。

代わりに、私は立ったまま、ノートの表紙をしばらく見つめていた。


名前は書かれていない。


でも、この中には、たしかに「ヒナ」がいる気がする。


どんな言葉を残したのかも、何を書いたのかも、思い出せない。


ただ、ノートがここにある限り——


あの子はまだ、誰かの中に“いる”のだと思えた。


私はノートから視線を外し、そっと部屋のドアを閉めた。


廊下を歩く足音が、打ち捨てられた部屋に吸い込まれていくようだった。



鍵を返す日。

最後の一歩を出るとき、私は一度も振り返らなかった。

部屋の中には、何も残していない。


はずだった。



でも、あの押し入れの奥の奥。


誰も見ない隙間に、あのノートだけが、ひっそりと置かれていた。


何の音もしない。


けれど、風もないのに、ページが一枚だけ——


ぺらりと、音を立ててめくられた。



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