第二章 思い出のつくりかた
ヒナの写真を久しぶりに見た。
リビングの棚に飾っていたはずなのに、いつのまにか奥にしまい込まれていた。
手に取ると、薄い埃が指についた。
笑っていた。たしかに笑っている。
けれど、その笑い方が、どこか見覚えのあるものに思えた。
——私の笑い方だ。
そう思った瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。
私は日記を開いた。
> 4月14日 くもり
> 体育の時間に転んで、ひざをすりむいた。
> 帰りに見た空が、まるで海みたいだった。
この日のことを、私は覚えていない。
ヒナがそんなことを言っていた気もする。
でも、それは私が書いた記憶と混ざっているだけなのかもしれない。
この空の描写は、昔、私自身が日記に書いた表現に似ていた。
もしかして私は、自分の記憶を“ヒナのもの”として書いていたのではないか。
いや、むしろ。
ヒナの記憶が空白だったぶん、私は自分の記憶でそれを埋めようとしていたのかもしれない。
ヒナはこう言っていた——と私は何度も日記に書いた。
でも、それは本当にヒナが言ったことだったのだろうか?
日記に書いてしまえば、それが“あったこと”になってしまう。
私の頭の中では、もう現実と記録の境界が曖昧になっていた。
私は書き続けた。
書かなければ、ヒナがいなかったことになってしまいそうだった。
記憶にないのに、記録だけが残っていく。
インクが滲む音が、呼吸のように部屋に響いた。
その夜、夢を見た。
空が海のようにひろがっていて、誰かの後ろ姿が見えた。
あれはヒナ? それとも——
私だったのかもしれない。