第一章 生きている日の記録
ヒナの部屋には、まだ日が差し込む。
カーテンは青。
机の上には教科書と、キャラクターのペン立て。
窓際には、買ってあげたリボンが一つ、陽に透けていた。
もう何日も、この部屋にヒナは入っていない。
それでも私は、今日も日記を開く。
ページをめくると、私の手書きの文字が並んでいる。
> 4月12日 晴れ
> お母さんに新しいリボンを買ってもらった。青くてきれい。
> 学校はつまらなかったけど、帰りに川べりでカエルを見つけた。
これを書いた日のことを、私はよく覚えている。
ヒナがリボンを見て笑っていた。
あの笑顔はたしかにあった。
……あったはずだった。
リボンはある。けれど、その日、ヒナがそれを受け取った記憶が、どうしても浮かばない。
私は思わず、日記に手を添える。
書いてあることは、確かに私が見た光景だ。
でも、それは“見た”のではなく、“こうであってほしい”と願って書いたものだった。
私は、ヒナのいない空白を埋めるように、毎日少しずつ日記を綴っていた。
ヒナが学校で何をしたか、どんな服を着て、何を食べて、誰と話したか。
全部、想像だった。
だけど、日記を書いているときだけは、その一日が“本当にあった”気がするのだ。
今日も、書こうと思う。
昨日のこと、ヒナが笑ったこと、帰ってきて私に話してくれたこと。
記憶にはないけれど、 私は、その“日の記録”を書ける。
ヒナが、生きていた日として。