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溺れる日記  作者: 揺蕩う夜
第四部 記録者
13/50

補章 音の深さ

私は座ったまま、ノートの最後のページを静かに閉じた。


部屋の中は静まり返っているのに、耳の奥で何かが鳴っていた。


ごくかすかな、ぽとり、という音。


時計でも、蛇口でもない。


私は立ち上がり、リビングの床をひとつずつ踏みしめた。


……コン。


あの場所。

補修された床の一角だけが、他と違う音を響かせる。

昨日と同じ動作のはずなのに、音の深さが違った。


私はしゃがみ込み、指先で床をなぞった。

薄い段差、微かな凹み。そして、その中心に、かすかに濡れた感触。

水。


一滴のしずくが、フローリングの継ぎ目から浮かび上がっていた。

まるで、下から染み出してきたように。


私は口元を押さえた。


この家の下には、何かがある。


ノートに書かれた“ヒナ”の存在は、本当に誰かの人生だったのか。


それとも——


私は床に片手をつきながら、心の底に問いを沈めた。


ここで消えた人たち。


私が忘れかけていた誰か。


あの名前を思い出すたびに、何かが沈むような感覚があった。


音は、もう鳴っていなかった。


でも私は知っていた。

この床の下で、何かがずっと、待っている。


——そして、それを最初に知っていたのは、 この家に“記憶”を置いていった、あの母親だったのかもしれない。



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