第三章 誰かが書いていた
翌朝、私はもう一度、あの家を訪れた。
午前中なのに、曇りガラス越しの光はくすんでいた。
空気が昨日よりも重い。
玄関のあたりに立つと、ひとつ息を吐くごとに胸の奥が冷えていく。
前回気になっていた床の補修箇所には、今回も微かな“軋み”があった。
軽く足を乗せると、コン、と低くくぐもった音が響く。
音は厚みのある何かを覆い隠しているようだった。
床下に何があるのかはわからない。
だが、その場を離れようとすると、ふと奥の押し入れが気になった。
中は空だった。
……はずだった。
目を凝らすと、板の隙間に何かが挟まっている。
指を差し入れ、そっと引き抜いた。
それは、湿り気を帯びた革張りのノートだった。
サイズは手帳より少し大きい程度。
表紙には何も書かれていない。
私は床に座り込むと、ノートを開こうとした。
その瞬間、スマートフォンが鳴った。
編集部からの着信だった。
「……はい」
簡単なやりとりを終え、ふと気づくと手元のノートがじんわりと湿っていた。
ページをめくったわけでもないのに、紙の端がわずかに波打っている。
直感的に、私はノートをバッグに押し込み、家を出た。
玄関の扉を閉めたとき、背中に冷たい気配が残っていた。
このノートは、ここで読んではいけない。
そんな予感が、拭えなかった。