第一章 発見と違和感
部屋の片づけをしていたときだった。
引っ越しの準備で、棚の奥に積まれていた段ボールを一つずつ崩していたとき、底から一冊の古びたノートが出てきた。
それは、厚手の革のような素材の表紙で、角が擦り切れ、どこか湿気を吸ったようにふやけていた。
「……誰のだ、これ」
開くと、表紙の裏にうっすらと「ヒナ」と読める筆記体が書かれていた。
見覚えはない。
だが、なぜか手放す気になれなかった。
不思議なことに、紙は柔らかいのに破れず、インクもにじんでいない。妙に丁寧に書かれたページの一行目を目にした瞬間、目が離せなくなった。
> 4月12日 晴れ
> お母さんに新しいリボンを買ってもらった。青くてきれい。
> 学校はつまらなかったけど、帰りに川べりでカエルを見つけた。
子供の字だ。小学高学年か、中学生くらいか。
どこにでもあるような、些細な日常の記録。
> 4月14日 くもり
> 体育の時間に転んで、ひざをすりむいた。
> 帰りに見た空が、まるで海みたいだった。
最初はただのノスタルジーだった。
けれど、ページをめくるたび、微妙な違和感が積もっていく。
> 4月16日 雨
> 夢を見た。深い水の中。どこまでも静かだった。
> だけど、底に“誰か”がいた。
> 起きたら、枕が濡れてた。なんで?
「……夢、か?」
そのときだった。窓の外で、小さな“ぴしゃ”という音がした。
雨は降っていない。風もない。
けれど誰かが、水たまりを踏んだような音だけが耳に残った。
嫌な予感がした。
けれど、俺は日記を閉じることができなかった。
何かが、この続きを読ませようとしている。そんな気がした。