「死」という名の神託
第6話 運命に抗う者
夜の冷たい風が頬を撫でる。静まり返った街を、
俺とアリシアは並んで歩いていた。
「なあ……」
沈黙に耐えかねて、俺は口を開いた。
「どうして、俺を殺さなかったんだ?」
アリシアは無言のまま前を向いて歩き続ける。
ワインが乾きかけた金色の髪が、月明かりに照らされて揺れていた。
「さっきの酒場で言ってたよな。俺が“面白い”って。どういう意味だ?」
俺の問いに、アリシアは少しだけ歩みを緩めた。
「お前には・・・視えなかったからだ。」
「……は?」
「私は“未来視”を持つ運命持ちだ。
戦う相手の少し先の未来を視て、どのような結末になるかを把握する。
それが私の力……だが、お前だけは視えなかった。」
アリシアは、ふと夜空を見上げる。
「そんなことは、今まで一度もなかった。
全ての敵、全ての人間の運命は、いつだって視えていた……
なのに、お前だけは違った。」
俺は唾を飲み込む。確かに、戦いの最中アリシアは俺の攻撃に戸惑っていた。
まるで俺の動きが読めなかったかのように。
「お前の行動には“殺意”がなかったからかもしれない。
私と戦うものは、皆明らかな殺意を持って向かってきていた。
それが私の運命だからかもしれないがな・・・。」
殺意も何も、そもそも俺はアリシアを倒すつもりではなかったし、
なんとかその場をやり過ごす方法があのワインぶっかけだったのだ。
「それで、俺を殺さなかった?」
「……違う。お前を殺すこともできた。だが……」
言葉を詰まらせたアリシアの顔には、わずかな迷いがあった。
「……私は、自分の運命すら疑い始めているのかもしれない。」
「え?」
アリシアは少しだけ、苦笑した。
「私はこの世界に生まれ、神託を受けた時から、運命に従うことが当然だと思っていた。
それがこの世界の理であり、疑問を持つことすらなかった。
だが——お前の存在が、その理を揺るがした。」
「……俺が?」
「そうだ。運命を持たず、その運命に逆らう異端者。
お前は……“この世界の常識”の外にいる。」
アリシアは、ゆっくりと足を止め、俺の方を振り返る。
「だからこそ……私はお前を殺さなかった。」
その目には、確かな意志が宿っていた。
「……俺はただの何もない無価値な男だぞ?」
「それこそが異常なのだ。どんな人間にも運命が与えられるこの世界で、
神託を受けない存在など、本来あり得ない。
……それが、どうしてなのか。」
「……そんなの、俺が知りたいよ。
できたらアリシアの持つ運命みたいに凄いものが欲しかったけどな。」
「凄いものか。・・・そうだな。」
アリシアは小さく笑い、再び歩き出す。
「……なあ、アリシア。」
「なんだ?」
「お前の“運命”は、何なんだ?」
アリシアの足が、一瞬だけ止まる。
「——"死"だ。」
その言葉があまりにも淡々としていたからこそ、逆に背筋が凍った。
「……どういうことだよ。」
「私は、“死ぬ”運命を持っている。
……私の運命は、この世界のために必ず死に至る結末にたどり着く。」
アリシアはそう言いながら、遠くを見つめるように目を細めた。
「アリシアは、それ受け入れているのか?」
「それが“運命”だからな。」
アリシアはさも当然だというような口ぶりで話している。
(……ふざけんな。)
俺は拳を握りしめた。
「何がこの世界のためだよ。
運命なんて、変えられるもんだろ。」
「——それが、できるのか?」
アリシアが、俺をまっすぐ見つめる。
「俺は運命を持たない男だからな。」
そう言いながら、自分でも調子のいいことを言っているなと
少し耳が熱くなるのを感じる。
「……お前なら、変えられるかもしれない。」
俺は、思わず息を呑んだ。
(……俺が、運命を変える?)
「無価値の人間に期待するなよ。
けど、俺はお前が死ぬところは見たくねぇよ。」
アリシアの瞳が、わずかに揺れる。
「……フッ、そんなことを言われたのは初めてだ。」
彼女は少しだけ微笑むと、再び前を向いた。
「お前のことを、少しだけ気に入ったぞ、異端者。」
「……おいおい、ツンデレか?」
「つんでれ?」
「俺のいた世界での誉め言葉だよ。」
そんな軽口を交わしながら、俺たちは夜の街を歩き続けた——。
今日も読んでいただきましてありがとうございました。
楽しく書かせていただいております。
ここからハルの地獄の特訓編に入ります!