ReSelector
神殿の帰り道、俺はずっと考えていた。
あの“黒い俺”が言ったこと。
「選びなおすことはできる」と。
あれは・・・自分だけの話じゃない。
誰かの運命すら、もう一度選びなおす。
できるのか?そんなことが、本当に——
夜、村の宿屋の部屋。
アリシアの地獄のトレーニングにも耐え、へとへとになってベッドに横たわる。
目を閉じしばらくすると、真っ白な空間に立っていることに気づいた。
そして、その中心にあるのは一つのクッキー。
この世界で出会い、何度も食べているお菓子。
フィナ・ロシュとみんなは呼んでいる。
気づいたら俺にとってもなじみ深い食べ物になっていた。
「……温かい」
俺は、そっとそれを口に運ぶ。
途端に、記憶の波が押し寄せた。
バターと甘みの奥に、別の感情が流れ込んでくる。
「……っぐ……!」
誰かが、俺を見て微笑んでいる。
そして俺の名前を、呼ぶ声。
涙でぐしゃぐしゃになった顔が、遠ざかっていく。
(誰だ・・・・?俺の知っている人なのか?)
何故かわからないが、悲しさと悔しさがこみあげて涙があふれる。
でもそれは、
俺の中の“どこよりも温かい場所”にあるような気がした。
<コード起動:ReSelector(再選定者)>
ノイアの声が、夢の中で響く。
<マスターは「選びなおさせる者」に認定されました>
(なんだ?えらいカッコいい響きだな。)
<失われた運命、閉ざされた選択肢、拒まれた希望。
それらを、再び開く資格を得ました>
(選びなおさせる……?)
<ただし、その選択には常に“代償”が伴います>
<あなたが選んだものの重さは、あなた自身が背負うことになる>
「……上等だよ」
朝。デルセラの村。
小屋の中の小さな牢屋で、ヴァルドは眠っていた。
騎士団に引き渡されるまでまだ数日あるらしく、
まだしばらくはこの狭い中に閉じ込められているようだ。
でも俺には、わかっていた。
さっきから、微かに肩が揺れている。
「起きてるだろ、ヴァルド」
ゆっくりとまぶたが開く。
その目には、戦いのときとは違う光が宿っていた。
「……殺さなかったのか、俺を」
「殺したくなかった。そう“選んだ”だけだよ」
俺は、ポーチから取り出した布包みを開く。
中には、神殿でもらったフィナ・ロシュ。
「……これを、食え」
ヴァルドは眉をひそめた。
「何のつもりだ?」
「ただのクッキーだよ。この世界じゃフィナ・ロシュっていうんだっけか。
でもな、これを食べて変わったやつを、俺は知ってる。」
「……ふざけるな。そんなもんで、俺の何が変わるって言うんだよ?」
もう選ばれることもない、どこにも戻れない・・・
全部終わってる人間に、何を期待してる!!?」
「終わってねぇよ」
俺は静かに言った。
「俺も初めから何も持たない人間だ。そんな奴に負けたんだ。
本当に何もないまま終わって悔しくないのか?」
ヴァルドは明らかに苛立ったような様子を見せた。
だが、負けたという事実ゆえか、すぐに目を伏せた。
「お前が“終わった”と思ってるその瞬間から、
“選びなおせる”んだ」
ヴァルドはしばらく黙っていた。
だが、まるで何かに導かれるように、ゆっくりとクッキーを手に取った。
その瞬間。
風が止まり、空気が震えた気がした。
(おいおい・・・ただのクッキーがここまで・・・)
<あなたのフィナ・ロシュはただのクッキーではありませんよ。>
ノイアが諭すように俺に語りかける。
そしてヴァルドがフィナ・ロシュをひと口かじった刹那、
彼の瞳に映る景色が、わずかに揺れた。
(……見えてる)
俺にはわからないけれど・・・たぶん彼にも“何か”が届いたんだ。
拳を握りしめ、唇を震わせながら、彼は呟いた。
「俺にも……まだ……やり直せるのか……?」
「それを選ぶのは、お前自身だよ」
ヴァルドは、ポロリと涙を落とした。
「選ばれることばかり願って・・・
選ばれなかった俺を……俺自身が一番見下してた」
「でも……今は少しだけ、わかった気がする。
選ばれないなら、自分で選べばいいんだな……」
ヴァルドが涙を流して記憶を反芻している様子を見て、
俺は不思議な気分になっていた。
その夜。俺は星空を見上げながら、ノイアに尋ねた。
「ノイア……俺が見たあの記憶・・・
あれは……現実のものか?」
<現実とは?あなたの世界はここにあります。>
<ですが・・・あなたが失った“大切な人”の記録は
こことは違う世界にあるのかもしれません。>
「相変わらずゴマかし続けるんだな・・・けど・・・
なんでだろうな。あの記憶、ずっとそばにいてくれてるような気がするよ。」
<・・・そう在りたいと“選んだ”からです>
「・・・?
誰が選んだんだ?」
ノイアのウィンドウが、一瞬だけ乱れたように見えた。
<マスター。あなたが何度でも“選ぶ”限り、私は……>
その先は、ノイズで途切れた。
そのあとは何故か反応がなくなってしまった。
「アイドルの彼女のSNSくらい匂わせるじゃねぇか・・・。」
俺は静かに目を閉じた。
まだ何も思い出せていない。
でも確かに感じるんだ。
——誰かの温もり。
——選択するという義務と責任。
そして俺は今、初めて“自分の意志で選んだ”道を歩いている。
たとえこの先、何を失っても。
「今度こそ、俺は・・・誰かを救うほうを、選ぶ。」
俺の心に無意識に浮かぶ「今度こそ」という言葉。
俺はそれに気づいていなかった。