神殿にて自分とであうの縁
神殿への道は、思っていたよりも静かだった。
鳥の声、風に揺れる草の匂い、土の感触。
だけど俺の頭は、
“選定の地”という言葉を何度も反芻していた。
「アリシア。選定の地って、具体的に何をする場所なんだ?」
「人によって違う。儀式を受けに行く者もいれば、
ただ祈りに行くだけの者もいる。だが・・・。」
アリシアは一旦黙ってから再び口を開いた。
「この任務は・・・お前に向けて依頼されたものだ。」
「俺に向けて?そんなことあるのか?」
「普通なら名指しでの依頼はほとんどない。
強いて言えば、運命持ちや本当に実力のある者は依頼されることはあるが。」
「・・・それって遠回しに俺に来ないって言ってる?」
「遠回しじゃなくてそのままの意味だが。」
なんなんだコイツ・・・。
俺に依頼が来たから嫉妬してるのか?
・・・いやそんなわけないな。
そもそもお尋ね者で異端者の俺に依頼が来る時点でおかしい。
「……ノイアが言ってた“扉が開きつつある”ってのも、関係あるのか」
<現時点での確証はありません。
ただし、フィナ・ロシュの“揺らぎ”が、神殿の記録と一致しています>
「揺らぎって何だよ……クッキーが鍵なのか?」
<“鍵”ではなく“記憶”に近いものです>
アリシアは少し眉をひそめていたが、なぜかそれ以上は聞いてこなかった。
半日ほど歩いた先。
森の中に突如として現れた、白い石造りの建物。
それが選定の地の神殿だった。
背の高い円柱に支えられた外壁。
不自然なほど風が止まり、空気が澄んでいる。
まるで世界そのものが、そこだけ時を止めているかのようだ。
入り口に立つと、奥から誰かの気配がした。
「ようこそ、選ばれし者の“再選定”へ」
現れたのは、年齢も性別もよくわからない白衣の神官だった。
だが中性的で透明感のあるその姿は、
その場にいるのかどうかすら・・・疑わしいほどであった。
「再選定……? 俺、何か試験受けるのか?」
「正確には“上書き”です。
あなたが何を思い、何を選び、どう在りたいか。
神殿は、それを“確認”します」
「……確認、ね」
神官は手を差し出し、俺を奥へと導いた。
アリシアも同行したが、途中で止められた。
「あなたは『傍観者』です。今回は中には入れません」
「ちょっと待て、何されるんだ俺!?」
「大丈夫です。ただの……『対話』です」
俺は不安と緊張を抱えながら、静かな光の回廊を歩く。
そして、辿り着いた先。
そこには——
もう一人の“俺”がいた。
俺なんだけど・・・黒っぽい姿に見える。
「お前は……俺?」
黒い俺は俺に静かに語りかける。
「正確には、お前の“可能性”だ」
見た目は同じ。でも、雰囲気が違う。
ぼんやりと立っていて、目の奥が真っ暗でいて……どこか怖い。
だが・・・俺はコイツを見たことがあるような気がしていた。
「選んだ道が違えば、俺はこうなってた……ってことか。」
「そうだ。そして、まだ“選びなおす”ことはできる。」
「なんだよそれ……何を選べってんだよ?」
「力の使い方だ。
誰かを救うために戦うのか。
それとも、自分が生き延びるために、また誰かを切り捨てるのか」
「また・・・?またってなんだよ。
俺はそんなの……どっちが正しいかなんて、わかんねぇよ。」
「それでも、どちらかを選ばなければならない」
その瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。
目の前に、デルセラの村が映し出される。
気絶していた黒牙の男。
……が、何者かに刺されて死んでいた。
「これが、“お前が選ばなかった未来”だ」
「ふざけんなよ……俺は殺さなかった……なのに……!」
「お前の選ばなかった“結果”が、他の誰かの選択に繋がることもある」
「じゃあ俺は、どうすれば……」
「選び続けろ。それだけだ」
黒い俺は、ふっと笑った。
「正解なんていらない。選び直し続ける限り、
お前は・・・お前の運命はきっと・・・間違いじゃない。」
そして、光が収束していく。
最後に、彼が言った。
「また会おう。……今度は、別の可能性の“俺”としてな。」
俺は気づけば、神殿の外に立っていた。
アリシアがホッとした顔で近づいてくる。
「……何があった?」
「……クッソむずかしい夢みたいなのを見た。
でも、ちょっとだけ……俺、決めた気がする」
「そうか」
俺の手の中には、なぜかひとつ、焼きたてのフィナ・ロシュがあった。
(これって……もしかして)
ポーチの中にある、冷めた“現実の”フィナ・ロシュと、
この“温かい”フィナ・ロシュ。
その違いが、どこかで“選んだものの差”のように思えた。
俺は静かに息を吐き、
暖かなフィナ・ロシュをかじる。
正直この世界にきてこのお菓子に振り回されている気がする。
だが・・・うまい。
何故かはわからないがこの素朴な食べ物は何より美味しく感じる。
この世界にきて、ノイアと再会して、アリシアと出会った。
何もない俺にだって、大切なものは沢山ある。
俺は今度こそ、何度だって——
誰かを救うほうを、選ぶ。
たとえそれが、正しくなくても。