選ぶことしかできない俺たち
デルセラの村に朝日が差し込む。
昨夜の戦いが嘘のように、静かな朝だった。
俺は村の広場にぽつんと座っていた。
手には、あの少年からもらったクッキーがある。
ひと口かじると、素朴な甘さが広がった。
(……これ、ただのクッキーだよな)
甘くて、ちょっと焦げてて、不格好で。
でも、一口かじるごとに心が落ち着いていくのがわかる。
不思議な力はもう感じない。ただ、あたたかい味だ。
「……ハル」
背後からアリシアの声。
「もう村の片付けは終わった。ギルドに報告したら、次の依頼が来るだろう」
「うん……」
俺はまだ、昨日の戦いの余韻から抜け出せていなかった。
「あいつ、最後に言ってたよな……
“誰にも必要とされなかった”って。
本当にそうなのかな?」
「何が言いたい?」
「あいつも……やり直すことってできなかったのかな、って思ってさ」
アリシアはため息をついた。
「奴は裁かれるのに十分な罪を犯した。お前が見ていないだけで、
この村よりももっと酷い略奪や暴力を重ねてきたはずだ」
「けど……あいつだって、最初は『国のために』とか思ってたのかもしれない。
ただ……それが全部否定されるような世界って、やっぱり、きついよな」
「私に言われても難しい問いだな。私も、運命に動かされているだけの身だ」
……俺だって、戦いたくて戦ったわけじゃない。
でも、誰かを守るために、“倒す”と決めた。
「なあ、アリシア……
自分で決めるって、そんなに偉いことか?」
「さあな。ただ、誰かに決められるよりはマシだ。
私たちがどんなに小さくても、選べる瞬間はある」
静かな口調。でも、その言葉は深く刺さった。
「……俺、選ばれたって言われたけど、正直まだわかんねぇ。
でも、自分のことくらいは……自分で決めるって決めたよ」
その瞬間、俺の視界にウィンドウが浮かんだ。
<感情解析中……>
<マスターの“主体性”の成長を確認。
システム適応率 +3%>
「……見てんだな、ノイア」
<マスターの成長は私の優先観察項目です>
「なんか、いちいち通知出すのお前くらいだぞ……」
俺が肩をすくめた瞬間、ふと視界の隅に、人影が見えた。
遠く、村の外れに立つ、白いローブの人影。
「誰だ……?」
近づこうとした瞬間、その影は風に溶けるように消えていった。
「……ハル、今、誰かいたか?」
「いや……なんでもない」
(今の、まさか……ミリィか?)
ノイアに問いかけようとしたが、ウィンドウは何も表示しなかった。
そして、俺のポーチの中で、布に包まれたフィナ・ロシュが、
わずかに甘い香りを放っていた。
---
その日の夕方。
ギルドから、新しい依頼が届いた。
『神殿への護衛任務(距離:中距離・同行者あり)』
「……神殿か」
アリシアが、少しだけ目を細める。
「知ってるのか?」
「ああ。あそこは、“選定の地”とも呼ばれている。
……普通の冒険者が踏み込む場所じゃない」
「選定、ね……」
俺の中で、またひとつ歯車が噛み合った気がした。
(次は……また、なにか決断することになるのかもしれない)
「行こうぜ、アリシア」
「……お前がそう言うならな」
---
その夜。
ベッドに横になりながら、
俺は再び、ノイアに問いかけた。
「なあノイア。俺に、そんな資格あるのか?」
<“決める資格”は、動いた者にしか与えられません>
「……ずるい言い方すんなよ」
<ですが、マスターはもう、歩き出しています>
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
いつか本当に、自分の選んだ行動が誰かを救う日が来るのなら。
俺は、何度だって。
迷っても、間違っても。
自分で決めて、進んでやる。