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ミリィと名乗る少女は俺に、そっとクッキーを差し出した。

いや、彼女がそう呼ぶその焼き菓子は――


「……本物のフィナ・ロシュ」


淡い金色に焼き上がったそのクッキーは、

初めて食べたフィナ・ロシュとは違った気配をまとっていた。


「……本当に、俺が食べていいのか?」


「あなたが“選ばれた者”なら、ね」


その言葉の真意は分からない。

けれど俺は、なぜか迷わず――


「……いただきます」


一口だけ、かじった。



ちょうどいい歯ごたえと共に鼻腔を抜ける、バターとアーモンドの香り。

どこか懐かしくて、あたたかい味。


(……うまい)


けれど、その直後。


視界がぐにゃりと歪んだ。


目の前に、一瞬だけ黒い空間。

金色の光が幾重にも差し込む、静かな世界。


その中心に、何かが――“視て”いた。


(誰……だ?)


すぐに視界は戻った。

だが俺の中に、何かが残っていた。


「……何か見えたのね」


ミリィが、静かに言った。


「あなたは、扉の前に立った。

 あとは、開くかどうか……それだけ」


「……なんだよそれ……」


「その答えは、あなたが“選ぶ”の。

 私でもノイアでもなく。

 あなた自身が、ね」


微かな違和感を感じたが、頭がぼんやりとした状態では考える余地はなかった。

俺は残ったフィナ・ロシュを、布に包んでそっとポーチへ仕舞った。


その様子を見て、アリシアが口を開く。


「……それ、私も食べていいのか?」


「……わからん。たぶん……大丈夫だと思う」


「そうか」


アリシアは小さく一欠片を口にした。


「……味は、普通だな」


「えっ、マジで? 今、すごい世界見えたぞ俺」


「私には、ただの甘い焼き菓子にしか思えない」


ミリィが、その様子を見てぽつりと呟いた。


「……やっぱり。“まだ”なのね」

ミリィの冷たい言葉にアリシアは少し苛立ったような顔をした。


俺は、自分が何を食べたのか。

そして、なぜそれが“特別”だったのか。

まだ何も分からない。


ただひとつだけ確かに、分かることがある。


(この世界は……ただのファンタジーじゃない)


ノイア、お前……

一体、どこまで“知ってる”んだ?



宿屋の二階。

初めてのクエスト・・・といってもクッキーを焼いただけだが・・・

一つの仕事を終えた俺は、ベッドに横になりながら天井をぼーっと見つめていた。


あの“クッキー”を焼いてから、世界の空気が少しだけ変わった気がする。

アリシアも、なんだか妙に静かだ。


「……お前、本当にただの人間か?」


帰り道にいきなりアリシアがそう言った。


「ん?どういう意味?」


「わからん。だが……今日のあれは偶然とは思えなかった。」


「いやいや、ただの焼き菓子だぞ?」


「だが、あの女がいうフィナ・ロシュは本物だった。

そして、そのフィナ・ロシュはお前を選んだ。

……私は、お前が何者かがわからなくなってきた。」


その言葉に、俺は少しだけ黙り込んだ。


「……俺だって知らないよ。自分がなんなのか。

 結局何もわからず仕舞いだったしな。

でも……ありがとな。つき合ってくれて。」


「……今日は宿に帰ったらすぐに休め。明日は早いぞ」

いつもの口調。でも、その背中はほんの少しだけ、揺れて見えた。



深夜。俺の脳内に、ふいにウィンドウが開いた。


<マスター。システムアップデートを開始します>

<セーフモード:再構築を行います>


「は……?なんの話――」


視界が白く染まっていく。


夢の中。だと思う。


何もない真っ白な空間に、

ただひとつ・・・あのトンファーが浮かんでいた。


「なんだここ……?」


そのとき、ウィンドウが現れる。


【選択してください】

▷ はい

いいえ


「は? 何を選ぶの?」


【この武器を受け入れますか?】


意味がわからない。


それでも、俺はなぜか……“はい”を選びたくなる。


でも、指が動かない。


そのとき、声が響いた。


「ハル……お前は、『選べる者』か?」


誰かの声。

どこかで聞いたような、だが明らかにノイアではない。


その声に答えようとした瞬間――

空間が歪み、視界が真っ白になった。


朝。


「……ハル。」


「ん……?」


「お前・・・寝てる間に、誰かの名前を呼んでいたぞ?」


「誰の?」


「……ノイア、だとさ。」


それを聞いた瞬間、心臓が飛び跳ねた。


「……それ、本当か?」


「ああ。寝言で『ノイア、俺は……』って。」


(なぜだ。あの夢……俺はノイアに呼びかけていたのか?)




その瞬間、

視界の端に、ウィンドウがチラリと浮かんだ。


<感情記録:動揺 87%>

<非表示モード再開>


「ノイア……お前、見てたな?」


<マスターの安全を確認していただけです>


「なら、なんで夢に俺を引きずり込んだ?」


<……マスターには、選択する権利があります>


「選ばされたんじゃなく、選べってことか・・・。

 ノイア、お前は何を知っている?」


<System failed to get service status>


ノイアはそれ以上、何も答えなかった。


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