初クエストはグルメサバイバルだった件
冒険者ギルド。
今どきのゲームをやっている人間には耳馴染みの良い言葉だ。
まさかそんな場所に俺が立つことになろうとは・・・。
ある程度戦える体力も付き、武器の使い方を少し覚えた俺はアリシアと共に冒険者ギルドへやってきた。
ここに属することで冒険者としての第一歩を踏み出すのだ。
もし俺が選ばれた転生者なら、ここにやってきた時点でとてつもない能力を持っていて、
みんなからちやほやされただろうに・・・。残念ながらそのような流れではない。
今の俺はアリシアの保護下といえ半ば逃亡者。とにかく金を稼いでおく必要がある。
現実世界でも金に悩まされ、ここにきても結局先立つものが必要でそれを手にするために頑張らなくてはいけないとは世知辛いものだ。
掲示板にはモンスター討伐、薬草採取、荷物運びといった依頼がズラリと並んでいる。
「うーし、初依頼!どれにするかな〜!」
俺はなんだかんだこの空気を楽しんでいた。
テンションを上げつつ掲示板を物色する。
その中に――あきらかに浮いている一枚があった。
『緊急依頼:クッキーを焼いてください(報酬:金貨100枚と大いなる力)』
「……は?」
「クッキー?お菓子作りのクエストとは初めて見たな。」
「いや待てアリシア、これはおかしい。討伐の横に並べる内容じゃないだろ
なんだよ大いなる力って。俺の世界なら間違いなく詐欺広告だぞこんなの。」
「金貨100枚……」
アリシアがじっと依頼票を見つめた。
「行こう。」
「え!?食いつくの早ッ!?
大いなる力の部分にツッコむことはないの?!」
「馬鹿が。今のお前に必要なものはそこじゃない。金だ。」
「確かにそうかもしれないけども・・・。
ホント異世界なのになんか現実味あふれるわー。」
(ねえノイア、これってただの詐欺依頼じゃないの?)
<これは極めて重要な依頼です。クエストクリアによって、
ハルの能力成長およびシステム連携進行が予測されます>
「“システム連携”って何だよ!?怖っ!」
依頼票にはこう書かれていた。
※クッキーの素材は自分で集めてください。
※レシピは自由。ただし、"本当に焼いた"ものに限ります。
「どういうこと……“本当に焼いた”って……?」
焼かないクッキーがあるのか・・・?
いや、焼かずにどこかで買ったりして
ズルをしないようにってことかもしれない。
「面白くなってきたな」
アリシアがなぜか楽しそうなのはなぜなのか。
この人はなんなのか。
俺の脳内にウィンドウが見える。ノイアの力か。
◆ 素材集めフェーズ ◆
バタースライム討伐(極上バター)
・・・トンファーにて切らずに討伐後、中から黄金色のバターを抽出
マジックシュガー採取(精霊樹から採れる甘い液)
・・・木に近づくと眠気に襲われるため注意。
ミスティックエッグ(フワモコ鳥の卵)
・・・フワモコ鳥は基本的に巣で休んでいることが多いため注意
(そのまんまゲームみたいな情報だな!!)
異世界っていうのはここまでゲームみたいなノリで進むのか。
現実世界でやっていたゲームとよく似ているものだ。
この状態・・・卵が先か鶏が先かって感じがするな。
異世界が存在しているから俺たちはそんな世界を知っているのか?
それとも俺たちが異世界を作り出したのか・・・?
と。そんな悠長なことを考えている場合ではない。
俺の初依頼、まずはこれを成功させなくてはいけないのだ。
「よし、まずはバタースライムから探すとするか。」
俺は気を取り直して呟くが、アリシアが怪訝そうな顔をする。
「何故お前がバタースライムを知っている?
そもそもあんなもの食べられるようなものではないぞ?」
「あ・・・なんかバターいるよなーって思ってさ。
スライムならバターっぽいじゃん?ほれ、行くぞ!!金貨100枚だぞ!?」
とりあえず早口でまくし立てる。
森を散策し、バタースライムを発見する。
どうやらスライムの亜種のようなもので、特段珍しい存在ではないようだ。
トンファーで何度か殴り、動かなくなったバタースライムを切る。
中からバターのいい香りがし、それを瓶に集めた。
(なんだかグルメなフルコースでも集めてるみたいだな・・・)
<ハルのグルメ細胞が活性化される予感がします。>
次はマジックシュガーだ。
これは木に見えるが多分キノコの類のようだ。胞子が眠気を誘う。
息を止めながら進んでいたが、鼻の奥を刺す甘く芳醇な香りに思わず呼吸してしまう。
意識が夢の中へと飛び込む瞬間、目の前に火花が散った。
アリシアが全力でビンタを打ち込んだようだ。
「い・・・痛いけどうれしい・・・」
きっと俺は今、この世界で一番気持ち悪い顔をしただろう。
新しい扉を開きかけつつなんとかマジックシュガーを獲得した。
最後はミスティックエッグだ。
この卵を取るには骨が折れそうだ。
フワモコ鳥は温厚な鳥だが、温厚すぎて一日の大半を巣で過ごす。
それゆえ、巣から卵を強奪するのはいささか難しい。
・・・かと思ったのだが、温厚すぎるこの鳥は、
俺が卵を取ったことすら気が付かないらしい。
「ごめんな。今度必ず恩返しさせてもらうからな・・・。」
一応謝罪し卵を拝借した。
「材料、揃ったな……」
「よし、焼こう」
「……どこで?」
<“ベイクフォーム”を起動します。トンファー、変形モードへ>
「またお前かよ!!なんで焼けるんだよトンファーで!!」
ツッコんだが全く意に介することなく、トンファーが伸び、曲がり、
まるで箱のような形に変形していく。
どうやら焼き上げモードに入ったようだ。
箱型のトンファーはオーブンレンジのような役割すら果たしている。
もう何でもありすぎて、
この世界の主人公がトンファーだったのではないかと思い始めたが・・・
「う、うわ……焼けてる……いい匂いだ……」
なんでホントにクッキーが仕上がるんだと思いつつ、
異世界という概念で自分を抑え込む。
「……なんだか馴染みのある香りだな……」
アリシアが目を細める。
「これは……フィナ・ロシュ?いや……違う。何かが……違う」
味見をしてみたい気持ちを抑えつつ、できたクッキーを依頼主へと届けに向かう。
依頼主は、小柄な白髪の少女だった。
「……あなたが、焼いたのですね」
「そ、そうですけど……あの、クッキーを作る依頼で、
合ってますよね……?」
彼女はじっとこちらのクッキーを見つめ、
そして小さく、微笑んだ。
「……あなたが、私の求めていた人だ」
「は?」
「この香り……あの時の『黄金のレシピ』に、限りなく近い……」
「いや、何言って――」
「選ばれし者にしか……この味は、出せないのです。」
「アリシア、これ何の話……?」
「……知らん。だが、これは・・・このフィナ・ロシュは“本物”だ。
私が知っているものとは、全く違う……けれど、同じだ」
アリシアも自分が何を言っているのかわからなそうな、困惑した顔をしている。
そして少女は少し泣きそうな顔をして言った。
「私はミリィ。かつて“選ばせる者”として神々の世界にいた者」
「選ばせる……?」
「そして今、あなたを選びました。
その『本物のフィナ・ロシュ』こそが――その証明です。」
そしてその時、俺の視界の端に一瞬だけウィンドウが表示された。
<計画進行度:1%>
(……今の、何だ……?)
「ノイア、今の“計画進行度”って……」
<何のことでしょう?>
(・・・何かがおかしいぞ。
材料も作り方も全てノイアの言うとおりにやった。
そうしたら「選ばれた」だと?こいつ、なんか仕込んでる・・・。)
俺は異世界で要らないものとされ、
その要らないという運命に挑んで、
その結果――
今日はクッキーを焼いた。
これだけ聞いたら笑い話だ。
しかし、確実に何かが動き始めている。
誰かが俺の運命を動かしている。
ノイア・・・お前はいったい何者なんだ?
「さあ、それではまずはこの『本物のフィナ・ロシュ』を召し上がってみてください。」
ミリィは俺にクッキー・・・いや、フィナ・ロシュを差し出した。
本日も読んでいただきましてありがとうございました。
だんだんと1話のボリュームが増え始めてしまいますね・・・笑
ちょっと筆が乗って悪ノリのようになってきていますが、自分らしさが出せてきてるのでこのまま書かせてください笑




