異世界で いきなりそんな命懸け それは流石に聞いてなかったわ(字余り)
街から少し離れた林道。
「……で、なんで俺たち、こんな人気のないとこ歩いてんの?」
俺はさっき買ったばかりの“トンファー”を手にしながら、アリシアの背中を追っていた。
トンファーは基本的に2本で1対の武器。男の夢みたいなロマンあふれる武器である。
「何というわけではない・・・散歩みたいなものだ。」
アリシアは相変わらず真顔で言い放つ。
「二人で散歩・・・お前俺のこと好きなのか?」
「何を言ってるんだ貴様は。ちなみに散歩をしていたらもしかしたら
”良くないもの”に出会うかもしれないなぁ?」
「良くないものってなんだよ・・・?お化けとか?」
「お化けじゃない。モンスターだ。」
「モンスターだ。」
「2回言った!?ねぇ2回言った!?!?」
そう、アリシア曰く——
このあたりには、頻繁にスライムやウッドラットなどの
低級魔物が出現するらしい。
「安心しろ。万が一お前がやられても、私がすぐに仇は取ってやる。」
「え!?俺死ぬ可能性あるの?安心できるか!!」
(ノイアわかってただろ・・・こういうの事前に言っといてくれや……)
<マスターの学習スピードを加速させるには実戦が最適と判断しました>
(勝手に判断すんじゃねぇ!!内も外もスパルタだな!!)
と、その時だった。
木々が揺れる。草木がうごめく。
「ん? な、なんか来た!?」
木々の向こうでガサガサと音がし、ぬるっとした影が地面に飛び出してきた。
「スライムだな。ちょうどいい、やってみろ。」
「お前の感覚の“ちょうどいい”は信用ならんのよ!!」
だが、そんなこと言ってる間に、スライムが迫ってくる。
「あとどちらか言うとスライムは可愛いのがよかった!!」
この異世界のスライムはまさにどろどろの形の保てない液体であった。
そこに目玉がぎょろりとついており、無駄に歯も生えている。
「ノイア、どうする!?」
<この距離なら、中距離突きギミックが最適です。>
「突きギミック!? 何それ!?」
トンファーは振り回すイメージが強いが初心者はまずは突きから始めるといいらしい。
そう考えたらこの突きギミックは理にかなっているかもしれない。
ちなみにカンフー映画などで使っていそうなイメージが強いが、
どちらかというと琉球空手が元祖だというのはあまり知られていない話だ。
<柄のボタンを押しながら、突きを入れてください>
俺は言われた通りに構え、突きを出しながらボタンを押す。
「うおおおおお!」
トンファーの先から刃が飛び出る。
鋭利な刃はスライムを綺麗に両断した。
「……うおっ!? 刃出た!
先っちょから刃が伸びて斬った!!」
スライムはピギャアと悲鳴をあげ、プルプル震えたのち溶けて消えた。
「……倒した……? マジで倒した!?」
初めての経験に身体が震える。
今まで命を奪った経験など蚊やゴキブリ程度だったのに。
しかし異世界の生物を殺すというのはやはり現実味が薄いものだ。
「うむ、悪くない動きだったな。刃の伸びる距離も読んでいたな?」
「いや、ノイアが全部言ってた!!」
<私は何もしていませんよ? マスターの“直感”です。>
(このAI、しれっと俺の手柄にしてくる……なんていい子!)
(……でも、なんだろう。確かに、次にどう動けばいいか、
“わかる気がした”んだよな……)
テンションが上がりつつ動悸が収まらない俺をじっと見つめ、
アリシアは何事もないかのような調子で言う。
「……悪くない。2匹目もその調子で行けよ。」
ひゅっ・・・と呼吸が止まる。
「え? どこに——」
「——右後ろだ。」
「ってちょっ!?これさっきと同じスライム!?!?」
今度は少しサイズの大きい個体が現れた。
しかも明らかに動きが速い。
「ノイア、また突きでいける!?」
<このサイズには長さが足りません。
“リーチ拡張モード”を起動しましょう>
「モードなんてあるの!?!?」
<トンファーを両手に持って柄同士を合わせてください。
なお、これは“最初の選択”になります>
「最初の選択?どういうこと!?」
と答えを聞く間もなく、俺は言われた通り、
両手のトンファーを合体させるようにくっつける。
磁石のように引き合ったかと思うと、
こすれるような金属音と共に、
トンファーが一本の長い棒状に変形した。
「おお……槍っぽくなった!?」
「見たことのない武器だな……。どこでそんな機能を知った?」
「カンフー映画で見た!!多分!!!」
(ノイアのアドバイスだけどな!!
映画でも見たことはない!!!)
次の瞬間、スライムが飛びかかってきた。
(来るっ!!)
俺は咄嗟に、槍のように構えたトンファーを突き出した。
スライムを串刺しにした瞬間、スライムが光り輝く。
柄に急激な熱を感じたと思ったらそのまま爆発四散した。
「えぇ・・・?この武器凄すぎじゃないの・・・?
しかし・・・やった……マジでやったぞ!?」
アリシアが、思った以上に善戦したじっと俺を見る。
その右手はずっと剣の柄を握っていたようだ。
もしかしてすぐに助けてくれるつもりだったのか・・・?
アリシアは剣から手を離すと、ふいっと顔をそらして口を尖らせた。
「……私の特訓の賜物だな。感謝するがいい。」
なんで少し怒ってるような顔してんだよ……。
「まあこれが俺の実力ってもんよ。異端者サマなめんなよ?」
俺も調子に乗って軽口をたたいたが、
彼女の目がギラリと光るのを見てすぐに反対を向く。
<戦闘評価:討伐成功。現状戦闘スタイルとしては、
“連携型可変武器戦法”が最適と判断されました。予測より成長速度が早いですね……>
「……なんだその中二病みたいな名前。
てか今、なんか気になること言った?現状ってどういうこと?」
<この武器には……進化の余地があります。
ハルの努力次第ではまだまだ進化できるでしょう。>
「その武器・・・まだ何かを隠しているようだな。楽しみだ。」
アリシアがトンファーを見つめてポツリと呟く。
(進化ってなんだよ……!)
だが俺は確かに、今までで一番「自分の力で勝った」感覚を得ていた。
ノイアの助言とアリシアの特訓の成果も勿論だが、
自分で動いて壁を乗り越えたという経験は久しいものであった。
(この武器……マジで俺の相棒かもしれん)
すべてがこれから——って感じがしてきた。
(よし……まずはこの世界で、一番最初の“勝ち”だな)
俺は地面に突き立てたトンファーを掴み直し、もう一度強く握りしめた。
「ノイア、俺・・・もっと強くなれると思うか?」
<はい。この武器には未知のギミックが複数隠されています。
そしてそれらは、マスターの“選択”によって解放される設計のようです。>
(……選択……これからの俺が、何を選ぶかってことか……)
だがその時はまだ、俺は本当の意味で“選ぶこと”の重さを知らなかったのだ——




