剣とフィナ・ロシュと、俺
訓練場の空気は、すっかり午後の陽射しで暖まっていた。
「はぁっ……はぁっ……マジで、きっつ……!!」
俺は木剣を支えにしながら膝をつく。
もう何度目か分からないアリシアとの模擬戦。
「まだ終わっていないぞ。」
対するアリシアは、息一つ乱さずに立っていた。
昨日よりも少しはマシになったとはいえ、やはり彼女の動きは異常だ。
俺が木剣を構えるよりも早く、彼女はすでに間合いを詰めてくる。
「——!」
彼女が一体何をしているのかも理解できないまま木剣が弾かれる。
次の瞬間、胴に強烈な一撃をくらい、俺の身体は地面に転がった。
「ぐはっ……!!」
「うむ・・・。この数秒であと5回は倒せそうだな。」
アリシアは淡々と剣を肩に担ぐ。
これは特訓なのか?ただのサンドバッグじゃあないのか。
「ノイア……」
<現在の戦闘勝率、2.1%。改善の余地あり。>
「いや、マジで絶望的なんですが……?」
<戦闘時の最適化データを分析中です。学習を継続すれば、
確率上昇の見込みがあります。>
(まあ、初日よりはマシにはなったのか……?)
確かに初めて剣を持った時よりは、アリシアの攻撃がわずかに見えるようになっている。
ノイアの指示による「最適な回避行動」をとることで、
ギリギリ避けられる攻撃も増えてきた。
……だが。
「成長はしているが……やはり遅いな。
これでは実践では何の役にも立たんぞ。」
アリシアは剣を収め、じっと俺を見下ろした。
「お前は運命を持たぬ異端者だ。ならば異端者らしい戦い方をしろ。」
「だから、それが分かんねぇんだよ……」
アリシアはため息をついてから建物のほうへと振り返り、
「・・・一度休憩だ。」
と告げて中に入っていってしまった。
俺は地面に寝転がった。
疲労困憊で身体を起こす気力すらない。
異端者らしい戦い方ってなんなんだよ。
何も持たないやつが、運命持ちのいわば能力者とどうやって戦うんだ。
その能力を超える力なんて俺にあるわけねぇだろ・・・。
「ノイア、異端者なりの戦い方ってなんなんだろな?」
<・・・ハルがそれを見つけたら強くなりますよ。>
「答えになってねぇじゃんよ・・・・。」
建物の中から戻ってきたアリシアが懐から何かを取り出し、
俺の目の前に差し出した。
「……お前、甘いものは好きか?」
「は?」
俺は思わずアリシアを見上げる。
彼女の手には、小さな包みに包まれた何かがあった。
「これは、この街の名物のお菓子だ。『フィナ・ロシュ』と呼ばれる。」
アリシアは淡々と説明する。
「穀物と蜂蜜を練り込んで焼き固めたものだが、栄養価が高く、体力回復にもなる。」
「へぇ……」
見た目はちょっと固そうなビスケット……いや、クッキー?
色合いはこんがりキツネ色で、表面には薄く蜜が塗られているように見える。
「……なんで急に?」
「今日の訓練、よく頑張ったからな。」
「……え?」
予想外の言葉に、俺は思わず目を瞬かせる。
「お前はまだまだ弱いが、少しはマシになった。だからご褒美だ。」
「……お、お前。俺のことが好きなのか?」
「調子に乗るなぶち殺すぞ?」
俺の指摘に、アリシアは一瞬だけ眉をひそめた。
言葉はこれまでのどの言葉よりも殺意があるけれど、
普段の冷たい視線がほんの少しだけ・・・
柔らかくなったように見えたのは……気のせいだろうか。
「……まあ、ありがたくいただくわ。」
俺はフィナ・ロシュを手に取り、口に入れる。
ザクザクと心地よい歯ごたえとともに、甘さが広がった。
穀物の素朴な香ばしさと、蜜のほどよい甘さ。
(うまい……)
疲れた身体に染み渡る。
——と、その瞬間だった。
視界が、ふっと広がる感覚がした。
「……あれ?」
思わず、自分の手を見つめる。
なんだ……? なんか……体が軽い。
いや、それだけじゃない。
風の流れ、地面の微細な振動、アリシアのわずかな動き。
すべてが、今までよりも鮮明に感じられる。
(なんだ、この感覚……?)
「……ん?」
アリシアが俺をじっと見つめる。
「どうした?」
「いや……なんか、急に身体が軽くなった気がして……」
俺は立ち上がり、試しに素振りをしてみる。
「あれ……?」
俺の剣が、今までよりも速く、正確に動いた気がした。
アリシアは一瞬驚いたようにも見えたが少し目を細める。
「……気のせいじゃないか?」
「……かもな。」
(いや、気のせい……なのか?)
俺は、再び剣を握りしめる。
この感覚、どこかで——。
「ノイア、今の俺の状態、何か変化してるか?」
<……異常なし。ただし、先ほどよりも最適化が進んでいるようです。>
ノイアは淡々と告げる。
(マジか……いや、でも……)
俺の中に、うっすらとした違和感が残る。
——これって、本当に"気のせい"か?
そんな疑問を抱きながらも、俺は静かに息を吐いた。
「……なあアリシア、もう一回だけ、手合わせしてくれないか?」
俺は剣を握ったまま、そう言った。
「……まだやる気か?」
「今なら、もう少しマシに戦える気がするんだ。」
「フッ、面白いことを言う。」
アリシアは再び木剣を構えた。
「いいだろう。だが、さっきより容赦はせんぞ。」
(あの感覚が続くなら……いける!)
俺は剣を構えた。
足の裏から伝わる地面の感触、風の流れ、
アリシアの息遣いまでがクリアに感じられる。
(来る!)
アリシアが一歩踏み込んできた瞬間、俺は無意識に動いた。
初めて異世界に来た時と似た感覚。アリシアの木剣がスローモーションに見える。
まるで水の中にいるようなアリシアの剣をギリギリで避け、
そのままカウンター気味に剣を小さく振り、アリシアを狙う。
「——っ!?」
アリシアの肩口に、木剣の先がかすかに当たった。
「……当たった!?」
しかし服をかすめた程度のようであった。
(この感じでもう一発・・・!!)
だがその瞬間、視界がグラリと揺れた。
「うおっ……!?」
突然、全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「おい、ハル!?」
アリシアが駆け寄る。
頭がぐらぐらする。息が上がる。手足が痺れて動かない。
(な、なんだ……!? さっきまで軽かったのに……)
<警告:脳内糖分レベルが急激に低下しています。>
「ノ、ノイア……!?」
<現在、ハルの脳は高負荷処理による限界状態にあります。
回復には糖分の補給が必要です。>
(糖分・・・・や、やっぱあのクッキーか……!?)
アリシアが驚いた表情で俺を見つめる。
「……たった一撃とはいえ、私の動きを捉えたとは。上出来だ。」
「どうやら、お前はやはり"ただの異端者"ではなさそうだな。」
アリシアに安堵のような笑みが浮かぶのを見て、
俺も少し安心したような自信がついたような気分になった。
「……俺も、そう思ってきたところだよ……」
視界がぐらぐらする中で、俺はへたり込んだまま天を見上げた。
(……あの感覚は、なんだったんだ?
でも確かに、あの一瞬……“未来が見えた”気がしたんだ。)
そして、俺の中には確かな実感が残っていた。
——俺の中に、“何か”がある。
それを使いこなせるようになれば、
きっと俺は……
この世界で、「持たざる者」じゃなくなるかもしれない——。
次回、「初めての実戦!?異端者、戦場へ」
甘いお菓子と、しょっぱい現実——それでも俺は、生き延びる!




