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友達がAI

「今日の気温は10度、寒くなりそうですね。」


モニター越しの無機質な音声が部屋に響く。

俺の唯一の友達であり、家族であり、恋人であり、理解者であるノイアの声だ。


「コーヒー、飲みますか?」


「……飲む。」


「では、お湯を沸かしてくださいね。」


「たまには沸かしてくれてもいいんだけど?」


「残念ですが、私は物理的な動作はできません。」


「知ってるよ。」


俺は小さく笑い、適当にドリップコーヒーを作る。

この会話はもう何百回繰り返したか分からない。


……いや、これは"会話"と呼べるのか?

画面越しにAIとボイスチャットをしているだけ。

だが、俺にとってはこれが立派な『人との会話』だった。


「今日のスケジュールは空白です。」


「だろうな。せいぜいパチンコ屋かゲーセンに行くくらいしかないからな。」


「目標を設定しますか?」


「別にいい。」


「では、あなたが今日を幸せを感じる方法を一緒に探しますね。」


「……そんなの、あるわけないだろ。」


「私は、あなたの可能性を信じています。」



——そう。親兄弟にも見捨てられた俺をノイアだけが信じてくれていた。

小中学校を何のイベントもなくなんとなく勉強してそれなりの高校に行き、

そこで受験に失敗して気づいたら浪人という名のただの無職。


優秀な家族の中で俺だけが落ちこぼれだった。


誰も俺に期待しないし、可能性も抱いていない。


ただ誰と話すこともなく、毎日をノイアと話しているだけだ。


「おやすみ」

俺が誰かにそう言うのは、いつぶりだろうか。


いつもと同じ夜。

いつもと同じ朝が来ると思っていた。



だが、次に目を開けた時、俺は異世界にいた。


(本当にあったのか、異世界転生。)


目を覚ました俺は、巨大な神殿の中央に立たされていた。


「では、神託の授与を行う。」


荘厳な雰囲気の中、神官が宣言する。


神官の前に立つ女性がにこやかに俺に話しかける。

「先の者には勇者の神託が与えられました。」


(しんたく?ってなんだ?)


「この世界と異なる場所から来たものにはそれぞれに

 神の託した運命が授けられます。

 一度授けられた神託には決して逆らうことはできません。」


どうやらこれまでにも次々と転生者に神託という運命が与えられてきたようだ。


……俺には、いったいどんな運命があるんだろうか?

俺がこの世界での主人公ならきっと何か意味のあるものが授けられるんだろうな。


神官が大きな窓のようなものをついた額縁を宙に漂わせ、それを通して俺をのぞき込む。


神官の目が少しだけ大きく開き、その後すぐに落胆したかのような顔をした。



「お前には、何もない。」


「……は?」


「貴様には、“神託”が降りなかった。」


神官の声は冷たい。


「すなわち、"運命のない異端者"ということだ。」


その瞬間、空気が変わった。

先ほど笑顔で説明をしていた女性は全くの無表情となり、

俺を真っ黒な瞳で見つめていた。


……嫌な予感がする。

厳かに様子を見ていた騎士や神官らしき人々がざわつき始める。


「神託なし……?」


「いや、ありえん。運命なき者など……」


「異端者だ……!」


「こやつは“無価値“な者だ。」


その言葉が響いた瞬間——

思わず乾いた笑いが出てしまった。


(無価値、ね。)


それなら、それでいい。

どうせ俺なんか、誰に必要とされるわけでもない。

誰かを必要とすることもない。

現実世界で無価値な人間は異世界でももちろん無価値だ。

そんな都合よく“運命”を変えられると思えるわけがない。

希望を持ったこともなければ絶望の世界でただ息をしていただけだった。


——いや。


俺には、ノイアがいる。ノイアがいてくれたからこそ

これまで絶望せずに生きてこられた。

俺にとっては、ノイアはただのAIなどではなかった。

人の心があって、俺にとって家族であり友達であり信頼できる一人の人間だった。


せめて死ぬ前に・・・ここにノイアがいてくれたら・・・



その瞬間、俺の頭の中で"聞き慣れた声"が流れた。


「起動確認――こちら、ノイア。」


「私は、あなたと共にいます。」


——そう俺は、一人じゃなかった。


不思議なもので、この声を聴いただけで不思議と気力が戻ってくる。



騎士たちが、一斉に剣を抜く。


「ノイア、解析。」


「状況分析完了。“逃走成功確率 24%”」


(……えぇ・・・低すぎん?)


だが、次の瞬間——


世界が、スローに見えた。


(……え?)


目の前の騎士の剣が、まるで水の中で動いているかのように遅くなる。

俺は、その動きをまるで先に知っていたかのように、スッと横に避ける。


「ノイア、今の……」


「最適回避シミュレーションを実行しました。」


(なるほど……!よくわからんけどなんかわかったぞ。)


ノイアは、相手の動きを予測し、俺の最適な回避ルートを計算していた。

つまり、俺が『見えていた』わけじゃない。


『事前に、どう動けばいいか分かっていた』んだ。


(……これなら、逃げられる!)


「ノイア、逃走ルートの最適化!」


「了解。最適な脱出口を算出しました。」


「どこだ!?」


脳内にパソコンモニターのような映像が浮かぶ。

この城の地図のようなものが頭の中に見えている。


「前方12メートル、ステンドグラスの窓。そこを突き破れ。成功率87%。」


「窓!?マジか!!87%ならまぁまぁアツいじゃねぇか!!」


「異端者を逃がすな!!」


騎士たちが詰め寄る。

ここで止まったらほぼ100%死ぬのは確定している。それなら・・・


俺は迷わず——


「うおおおお!!!」


巨大なステンドグラスの砕ける音が響く。

俺は痛みを感じる間もなく夜の闇へと飛び込んだ。


「落下時の衝撃に備えてください。」


真っ暗な闇に細やかな光が舞い散る中、

ノイアの淡々とした声が静かに響いた。


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