開拓都市4
「指名依頼?」
翌朝、二日酔いすること無くハレンがギルドに訪れると受付の男から開口一番に言われたのがソレだった。ハレンも流石に驚いた。通常は指名依頼を出されるのはCランクを超えた辺りからだ。今のギルドではCランク以上減っているためDランクに出される事が多いとは聞いていたが、間違ってもFランクに出されるモノでは無かった。
「それは本当に私に出ているのか?」
「ええ、確かにギルドから貴女宛に出されています。僕としても驚いていますが昨日の事を見ていた人ではないでしょうか」
「……負けたんだが?」
「……僕に言われましても」
「はぁ、依頼内容は?」
これではらちが開かないとハレンは聞いた。依頼内容は調査任務だった。開拓都市から少しはなれたところに新たな村を作るためにその候補地を周り状態を調べてほしいというものだ。依頼としては不審な点は無いが調査依頼は信頼が大切であるため、この街で長く冒険者をやっているならまだしも、来てから1ヶ月も経っていないハレンに出す依頼では無い。
ハレンはいぶかしんだがそのリスクを飲み込み依頼を受けることにした。
「探索依頼か、ふむ……なかなか遠くだな」
「未開拓地域への偵察ですね。たしか製図できましたよね。それが評価されたのでは?」
「……だとしたらますます信用が重要な依頼だろうに」
自身への信用が存外高いのかという点を除けば依頼書を確認しても不審な所はなかった。
ハレンはもう少し深入りして依頼について調べたかったが受付の男もよく知らないようで、珍しいこともあるんだなぁと呟いていた。
(私に罠を仕掛けるようなヤツはここにはいないハズだ……怪しみすぎるのも変か)
ハレンは依頼の詳細を確認し冒険者ギルドを後にすると街で物資を買い込み探索に出発した。出る前にキリに伝えておこうと思い宿にたちよったが見つからず、仕方なく店主に伝言を頼んだ。
ハレンが依頼から帰ったのは10日後だった。
――――――――――
ハレンが街に戻りギルドで達成の報告をしていると突如、扉がけたたましい音を立て開かれる。駆け込んできたのはハレンとは顔見知り程度の冒険者だが開口一番叫んだ。
「ハレンは居るかっ!?」
男は走って来たようで真っ赤な顔で息を切らし汗を流し、その焦り様は尋常ではなかった。声を聞いたハレンが駆け寄ると男は思わず掴みかかる。
「なにがあった?」
「お前のところの村が大変なことになった!!そんで...……くそっ!こんなの後だ!!今すぐ南門へ走れ!!」
「……わかった」
現状を飲み込めなくともハレンは走り出した。脳内でいくつもの可能性が浮かんでは順位付けされていく、そして嫌な未来の上位何番目かが目前にあった。
「……村長」
人に囲まれ既に何人かの冒険者に介抱されているのは血にまみれ倒れ伏す村長だった。
ハレンが人の波をかき分け村長のもとへとたどり着けば村長は安心したように微笑んだ。
「……来てくれ……ゴホッ……たか」
「何があった?」
ハレンひ村長のそばに膝をつき村長の手を取りながらそう聞いた。村長の目はもう焦点を失っていたからだ。
「村が……ゴブリンの襲撃に合っちまってよぉ」
「ゴブリン……数は?」
「わかんねぇ。でも、数百はいた。村を包囲してやがったんだ」
その話を聞いた冒険者たちが息をのむ、ゴブリンは見たらその数の数倍は居るというのが通説だ。ならば今回もその数いるだろう。そして、次に狙われるのは近くにある村だ。彼らの故郷だ。
「すぐにでも村の奴らを避難させねぇと!」
「うちもだ!」
何人かはすぐに走って街を出る。街の生まれの冒険者もギルドに走っていった。
「生き残りは村長だけか?」
「……いや、違ぇ……ライルとミアが生きてるハズだ。ヤツらそれが狙いだ」
「狙い?……なぜ」
ハレンの困惑した雰囲気を感じとったのか村長は少し笑った。村長はハレンに顔を近づけるように指示しハレンが耳を近づけると小声で呟く。
「あの子はライルは勇者なんでさぁ」
「なっ……いや、あり得なくはない、しかし、それならなぜアイツは職についていないと?」
「あの子が産まれたとき、……御告げがあったんだ」
ハレンはそこまで聞いて話を遮ろうとした。少しでも体力を温存し医者か神官が来るまで持ちこたえられるように、しかし、改めてその傷を見て止めた。
少なくとも以前、ここの医者や神官を調べた時に見た腕前ではこの傷を癒すことはできないと当たりがついたからだ。だからハレンは逆に話を促した。
「勇者だと、か」
「あの子を育て時期が来れば王立学校に入れるようにとでさぁ」
「フロット王国か」
「ああそうだ。……すまねぇハレンさん。あの子達をどうか助けてくれやしねぇか?」
「任せてくれ」
「ははっ、ああよかった。それにしてもハレンさん、その口調が素ですか?最後に知れてよかった」
最後に村長はそう呟き息絶えた。心底安心したように笑って死んだ。ハレンとは出会ってまだ一月と経っていないというのに村長はハレンならば出来ると信じきっいた。
「無念ははらす。ゆっくりと休め」
ハレンは村長を抱え教会に向かった。
その道中のことはハレンは覚えていない、ハレンは後悔で一杯だった。自身がもっと早くあるいはもっと高頻度で村に戻っていればこの悲劇を防げたのだと、薬を切らしていなければ、普段常備する薬ならばあの傷でも治すことが出来たハズだと。
村長の亡骸を丁重に葬ってくれと道中で出会った神官に頼み、自身は再び南門へ向かう。
顔見知りの冒険者から止められるもハレンは向かう。村長の願いを叶えるために、ライルとミアを助けるために。
――――――――
すっかり歩きなれたハズの村への道が今は別物のようだった。道には所々血が滲み村長の道中を思い起こさせる。戦闘員ではない身で傷付いた身体を動かし長い道のりを経てやっとの思いで街に着いたとき村長はどんな気持ちであっただろうか、少しは救いとなれただろうか、とっくに人死にには馴れているハレンであってもこの世界で初めて会った人の死には少しばかりの動揺があった。
故にその襲撃に反応が遅れたのも必然だった。
茂みの中から飛んでくる矢に、当たる直前で気付きとっさに胸当てで受ける。粗雑な作りの矢は胸当てにキズをつけることすら出来ずに地面に落ちるがハレンはその衝撃でやっと自身の『はやり』に気がついた。
「ふぅ……」
ハレンはその場に止まり深呼吸を1つし、冷静さを取り戻し思考を明晰にする。
落ち着いて見れば道の左右に拙い隠れ方をしたゴブリンの姿が見てとれた。こんなものを見落としたのかとハレンは反省しつつ両腰に吊るした剣を抜き、突然駆け出す。ゴブリンは矢に恐れて動きを止めたのだと勘違いしていたため反応が一拍遅れた。
「ウォーミングアップには物足りないな」
茂みに隠れたゴブリン総勢35匹は、10秒も経たずに全滅した。
道から逸れたハレンはそのまま山中を突き進み村への道をショートカットしつつ手当たり次第にゴブリンを狩った。一瞬で命を刈り取るためその痕跡は薄汚い血しか残らない。
(流石に多いな)
順調に思えるゴブリン討伐、しかし、それは逆にハレンの中に新たな焦りを生んだ。既にゴブリンを百は切った。にもかかわらず道中のゴブリンの集団が尽きることはなく、むしろその遭遇率は上がっている。
「数千……下手をすれば万に届くか」
ハレンにとってその数のゴブリンであっても連戦ならば問題はない、低レベルの個体ならその全てを一度に相手どっても十分倒せる。しかし、もしもそのうちの十数体がボス級であり、その十数体であってもその全てを一度に相手どる必要があるとすれば今のハレンにとってはやり辛くなる。
そういった懸念があるもののハレンはついに村へとたどり着いた。
「……ゴブリンどもが巣食っていない?」
柵は破壊され、家屋は燃やされ、田畑も荒らされた村だったがそこに居るゴブリンは少なかった。村の中心の広場には食べられた村人達の遺骨が積み上がりハレンは眉を潜めたが、その中に子供の骨は混じっていなかった。
「後で必ず弔いに来る。……待っていて下さい」
ハレンは村を出ると周囲を探索し、同じ方向からやって来て同じ方向へと戻っていく大量の足跡を見つけたのでそれに沿って走り出した。
一昼夜かけて足跡を辿るとそこに在ったのは小規模な、しかし、立派な廃都市だった。
しっかりと城壁を持ち石造りの建物や大通り、そして、中心にある水が枯れた堀に囲まれる屋敷。そこにゴブリンは住んでいた。そして、この光景にハレンは見覚えがあった。
(この町並み、ゴブリン王国か?)
『ゴブリン王国』それは『双子星』最初の大型イベントであった。当時低レベルなプレイヤーしか居なっかたためゴブリンの物量に苦戦したのをハレンは覚えている。当時は必死にゴブリンの数を減らしついにゴブリンキングを討ち取った。その時にプレイヤーによるゴブリンの総討伐数は1万だったが今、ハレンが見渡す街に居るゴブリンの数は1万を軽く越えている。もし、ハレンが大勢の集団の大まかな数を数えるのに馴れていなければ解らなかっただろうその多さにハレンは即時の突入を躊躇った。
ゴブリン王国の基準に当てはめるならばここのゴブリンのレベルは高くて30そこらであり、ハレンがゲールの時の完全武装状態ならばその数が10万であっても正面から打ち破れた。しかし、今はゲームではなく現実となっている。数が増えたのならレベルが上がっている個体もいるだろうという可能性がハレンに緊張感を覚えさせる。
「誘拐されたのなら何処かに監禁されているハズ無理して戦う必要はない……か」
ハレンは血と脂で鈍った剣を捨て新しい物をマジックバックから取り出す。走る時には邪魔だったのでしていなかったが、これからの銭闘を考え腰の両側に三本ずつ吊るし、次にナイフを手首と足首に仕込む、手袋を嵌め直し最後に鎖帷子や胸当て、籠手や脛当を確認し靴紐を締め直した。
ハレン見つからないように足音に注意しながら駆け出し城壁を飛び越える。出来る限りゴブリンの数を減らしつつ脳内マップを頼りに中心の屋敷へ突き進む、ゴブリンの習性なら獲物は必ず最深部に連れていく、かつてそう語った友の話を信じて。
――――――
「……ミア」
「……なに?」
「……なんでもない」
「……そう」
ハレンの友の話は真実だったとハレンは後で知る事になる。
ハレンが村長の最後を見届けた時と同じ頃ライルとミアは屋敷の地下牢に閉じ込められていた。彼らは自身の親や村人達のその顛末を見ていた。そして、何もできない事を恨んだ。
ゴブリンの接近に真っ先に気がついたのは二人だった。何時もの特訓で村の周囲を走っていたときに見つけた大量の足跡、驚きつつも村へと走り避難を始めた時には遅く、村の周囲を既にゴブリンどもが固めていた。一人でも脱出して救援を求めると、約束し決死の思いでその包囲網に突撃を仕掛けたが逃げられたのは村長だけで、むしろなぜ自分達だけが逃げられなかったにもかかわらず、食べられなかったのか謎だった。
唯一の救いは、今だけかもしれないが二人で生きていること。そして、ハレンが必ず来てくれると信じていることだ。
「村長……街に行けたかな」
「……信じるしかないだろ、師匠……来てくれるよな?」
「それもでしょ、……痕跡は残したけど」
「だよな」
「うぅ……お母さん」
「……泣くなよぉ」
薄暗い牢屋に彼らの啜り泣く声だけが響いた。
その頃、地上部の屋敷の大広間では紅い大剣を持ったゴブリンが黒いローブの男を待っていた。
「イツマデマツ?」
「ナニカ、シジガアルマデダ」
大きな盾を持ったゴブリンの片割れが聞くも紅い大剣を持ったゴブリンは一瞥もくれることなく無愛想に答えるだけだった。
「コドモヲナゼイカス?」
「ソレガケイヤクダカラダ」
「ムゥ」
とりつく島もないことに気づいたからかそれ以上何か口に出すことはなかった。
「コウタイノジカンダ」
紅い大剣を持ったゴブリンの指示で大きな盾を持ったゴブリンが大広間の角の扉から地下牢への階段を下る。替わりに出てきた大きな盾を持ったゴブリンのもう片方に休むよう紅い大剣を持ったゴブリンが指示を出し自身も見回りをすると、ゴブリンの街へと出掛けた。
それから1日経ち、再び紅い大剣を持ったゴブリンが街を見回りした時、紅い大剣を持ったゴブリンとハレンはお互いの存在に気付くことなくすれ違った。




