開拓村3
ハレンがこの村に来てから4日が経った。早くもすっかり村には慣れ、いつものように村の周囲を確認した後ゴブリンの巣を潰しすっかり素振りの場所として通っている川のほとりでハレンが休んでいると、ふと視線を感じハレンひ身体を起こす。
「誰だっ!?」
(ゴブリンや獣の類いじゃないな、村人か?)
森の中ということもあり少しヒリつく空気だったが茂みから顔を出したのはいつかの少年ライルと少女ミアだった。
「あのっすいません!お仕事の邪魔をするつもりはなくてですね。でもライルがどうしても話があるって」
「ミアが言うなよコレは俺が言い出しっぺなんだ。だから、俺から頼まなきゃならないことなんだ!」
「ライルさんとミアさんでしたね。構いませんよどうしましたか?」
ライルとミアはハレンの側まで歩いてくると二人同時に頭を下げた。
「俺を弟子にしてくれ!」
「私を弟子にして下さい!」
「……ほう」
意外なことにハレンに驚きはなかった。事前に村長から頼まれていたのとあるが、昔に似たような経験があったからだ。
それでもハレンは二人の申し出に二つ返事で答えることはなかった。
「弟子になるということは何も楽なことじゃありません……覚悟があるんですか?」
「ある!!」
「あります!!」
ハレンの少し試すような質問にも二人は間髪いれずに答えた。こうなればハレンに否はなかった。
「ならば構いません。お二人を弟子としましょうか」
「よしっ!」
「ありがとうございます!」
無邪気に喜ぶ二人を笑って見ながらハレンは咳払いを1つ、口調を変えてさっそく師匠として質問する。
「では話し方も変えるとしましょう。さて、二人とも『職』はなんだ?」
雰囲気の変わったハレンに少し戸惑うもミアが答える。
「神様の加護です」
「ん、いや説明ではなく、私は……まぁ、何というか戦士なのだが、二人が何の『職』に就いているか聞いておきたい」
「あー……俺たちはまだなんだよな」
ハレンの言葉に二人は顔を見合せ気まずそうにライルが答えた。
「二人とも歳は?」
「11だ」
「ふむ、それならまだか」
「はい、後2ヶ月で二人とも12になるので」
ここで一旦『職』について解説しよう。
『職』とはこの世界において12歳になったときに教会へ行き希望する『職』に就くという決まりがある。『職』の効果はゲームでもプレイヤーNPCに関わらずステータスの補正や特定のモンスターに対する特攻を獲るというもので例えば戦士の効果は『武器を装備時に攻撃力上昇』といった具合だ。これが剣士ならば『剣カテゴリーの武器を装備時に攻撃力上昇』といったモノになる。この上昇値は適応される武器種を限定する高くなるほど大きく、逆に戦士のように全ての武器に適応しようとすると小さくなる。
ゲーム時代であっても『職』の数は山ほどありその全てを網羅するのは専門の神官でもない限り不可能だ。
ゲームでも本人のレベルと『職』のレベルは別けられており、それぞれレベルと、ジョブレベルと言い使い分けレベルを上げてステータスを上昇させ、ジョブレベルを上げて補正値を上げたりする。
余談だがゲーム配信当初はジョブレベルを上げてスキルを覚えるのだと考えられていたが、実際にはスキルはジョブ関係なく覚えるものだったという勘違いが発生していた。
基本的に他のゲームだと戦闘職とされる戦士や剣士、魔術師などはステータスの上昇補正、生産職とされる農家や大工、料理人は特定のモンスターに対する特攻を持つことが多い。このゲームでは全ての『職』が戦闘可能なのも特徴の1つだろう。
「ならばそれまでは……。そういえばライルは冒険者になりたいんだったか?」
「ああっそうだ!いつかめちゃくちゃ強ぇ冒険者になって世界を回るんだ!」
「ふむ、ミアは何か目標が?」
「えと、そんなにしっかりとはしてないんですけどライルには負けたくないなって」
「二人とも良い心がけだな」
(思っていたよりミアは負けん気が強いのか)
無邪気な二人に微笑ましさを覚えハレンの口元も思わず緩む。
(いかんいかん、絆され過ぎては村を出づらくなる)
顔に力を込めキリリとした表情に戻すとハレンは二人に向き直る。
「私の訓練は辛いがしっかりとやりきるようよに」
「もちろんだ!」
「頑張ります!」
「うむ、良い返事だ。それじゃあまずは、二人とも体力に自信は?」
頭に疑問符を浮かべる二人を連れてハレンは森の中に入っていく。
「着いてこい今日はとことん歩くとしよう」
「えー!つまんねぇよ」
「ライル、ダメだよ文句言っちゃ」
「なに構わない、ライルここら一帯についてどれだけ知っている?」
「舐めんなよ!俺はこの村で育ったんだ知らないことなんてないさ!!」
「そうか、ならば今日だけの私からの頼みだと思ってくれて良い着いてきてくれ、終わった後にいくつか質問したい」
「はー……わかったよ」
渋々ながらライルは了承しハレンに着いていく。ミアはその後ろをちょこちょこと歩き遅れないようにした。
三人が再び森の外に姿を表したのはそれから数時間が経った後だった。
─────
「つ、疲れたぁ」
「ミア、大丈夫か?」
「……はい、なんとか」
森の外に出て早々に地面に寝転んだライルだったがまだ話せるだけの元気があった。一方でミアはというと途中で限界を迎えハレンに背負われることになった。今は下ろされたがまだたちあがれないようだ。
「さて、寝転んでるいる所だがライル、森に入る前に言ったことを覚えているか?」
「あー、もちろん。……いくつか質問するだったか?」
「そうだ、ミアもそのままで良い答えてくれ」
「……はい」
「二人とも森の中で途中私がキズを付けた木は何本だった?」
「えっ?」
「なんだよそれ、わかるわけねぇじゃん!」
「ふむ、そうかでは途中で見つけた鳥は何羽でそれぞれ何色だった?」
「……。」
「だから、そんなのわかんねぇって!!」
「だろうな」
黙ってしまったミアと不満を口にするライルにハレンは当然だと言わんばかりに告げた。実際、ハレンも初日に事前の説明なく答えられるとは思ってなかった。
「なんだよそれ!だろうなって、バカにしてんのか!?」
口に出したのはライルだけだったがミアも同じような気持ちなのだろうその表情は不満気だった。
ハレンはその二人の気持ちまで予想してたかのようにこんこんと説明を始める。
「何も言わなかったのはわざとだ。意地悪でやった訳じゃない、木の数は28本。鳥は5羽で茶色3に灰色2だ。鳥はもういないだろうが木は後で確認してきて構わない」
そう言われるとライルとミアは不満気な顔から疑いつつ驚いた顔へと変化させた。
「あってんのか?」
「正直、余り信じられません」
「間違っていたとしてもそれは覚えていないお前達が悪い」
「はー!?なんだよ」
「結局何が言いたいんです?!」
森の中をつれ回され意味のわからないことを言われた二人から口々に出る不満にハレンは真面目な声音で答えた。
「今回伝えたかったのは観察を怠るなということだ」
真面目な雰囲気に二人もつられて姿勢をただし耳をかたむける。
「冒険者の師匠としてお前達に剣を教えるのは簡単だ。振らせていれば良い、だが私はいつまでもここに滞在するわけじゃない、短い時間で教えようとしたら中途半端になってしまう」
もちろん剣も大切だがと、付け足しハレンは続ける。
「私はお前達に剣よりも大切だと思ったことをこの滞在期間中に教える。それが観察を怠るなということだ」
「……でもそんなに大切か、それ?」
「大切だ」
力強く答えたハレンに少しライルは気圧される。観察する事、これはハレンの人生でもっとも意識された事とだと言える。ハレンのひいてはゲールの、そして現実での窮地を何回も救ってきたモノだけに自然と言葉尻は強くなる。
「私も最初に学んだことは観察することだった。武器の持ち方を観察して覚えた。人の、味方や敵の動きを観察して行動した。地形を観察して覚えたことで敵の罠から身を守った。観察することは重要だ」
「……少しわかる気がします」
ライルは余りピンと来ていない様だったが、それまでは黙ったままだったミアがハレンに賛同し声を上げた。
「私も最初はライルがどこかに一人で行っちゃった時見つけられなかったんですけど、段々と今日はあそこかなとかわかるようになったんです」
「まじかよ!?通りで最近見つかるのが速ぇなって思ったんだ!!」
「まあ、似たような事だなそれに直接冒険者としても大切なことだ。魔物の観察から冒険者は始まるといっても過言じゃあない、それにさっきも言ったが観察すれば剣の技だって盗める。教えられなくてもだ」
ミアの言葉もあってかライルは少し何か言いたげだったが、ハレンの言葉を受け入れる。それをみてハレンは二人の頭を撫でた。
「なに、今すぐに出きるようになれと言う訳じゃない、心構えを忘れるなというだけだ。ライルお前は思っていたより体力がある。次は腰に剣を佩いて森に行こう。ミアは体力作りからだな」
「剣持って良いのか!?」
「うう、頑張ります」
それぞれ提示された目標にこれまたそれぞれの反応を見せる二人だった。
「正し歩き終わった後の質問も続けるぞ、常に周囲気を配るように」
「はーい」
「はい」
肩を落とす姿は全く同じだった。
──────
村に戻る頃には二人とも疲れきったようでハレンに手を引かれながら歩いているが二人は今にも船を漕ぎそうであった。
「ほらもう村に着くから辛抱してくれ」
「俺は……まだ、ま……だ、元気だい!……すぅ」
「すいま……せん……むにゃ」
(ダメだな)
「わかった。二人とも首に掴まれ、抱えて帰る」
二人は聞こえているのかいないのかわからない様子だったが、幸い聞こえてはいたようでしゃがんだハレンの首に無言で腕を巻きつける。
(11歳はまだまだ子供だな、農村部じゃあ12歳から実質成人だと言うのに)
すぅすぅと寝息をたて始めた二人の重さを感じつつもハレンの顔には微笑みが浮かぶ。かつて我が子を抱えて帰った時のことを思い出していた。
(子供達もとっくに一端の大人になってはいるが、ふむ、今はどうしているだろうか……。そもそも向こうで私の身体は生きているのか?……既に火葬済みか?)
この世界に来たときとは別の寒気を感じつつハレンは歩を進める。
「竜を……討、伐」
「負け……ない」
(やはり、子とは良い……ものだな)
あどけない二人の寝言を聞き下を向いた心が癒され持ち直し、ハレンは再び前を向く、子供達を絶対に落とさぬようにとハレンは二人を抱え直した。村までの道中には子守唄が響いた。