開拓村2
ハレンはいつも通り朝日と共に目を覚ます。まだ村長達は起きていないようで家のなかは静かだった。ハレンは服と鎖帷子を着てマジックバックを巻き家を出ようとして止めた。
(起きて私が居なかったら心配させるな)
ということで部屋で身体を軽くほぐすだけに留め、装備に不備が無いか確認し村長達の起床をまった。
それほど待たずに扉を開け階段を下りる足音が聞こえたためハレンも一階へと下りる。
「おはようございます」
「おお!おはよう、うるさくしちゃったかい?朝食の用意ができたら起こしに行こうと思ったんだが」
「いえ、普段から起きるのは早いんです」
「そうかい、ああ、顔洗いたかったら出て右に行けば共用の井戸があるよ。場所わかるかい?」
「はい、昨日見かけました」
「じゃあタオルはコレつかいな、他の奴らも居るだろうし挨拶しておいで」
「わかりました。ありがとうございます」
奥さんが渡したタオルを受け取りハレンは顔を洗いに井戸へ向かった。
道中いくつかの視線を感じたが特に気に止めず出会った村民に挨拶をしつつ井戸につくと村長と村民数名がなにやら話をしていた。
「おはようございます」
「おお!おはようさんよく眠れたかい?」
「はい、すっかり疲れもとれました」
「おお!その娘っ子が噂の娘かい?」
「お前っ、失礼な言い方するんじゃねぇ!!」
「いえ、気にしませんよ、所で噂とは?」
「へへっ悪かったよ、なに大したこたぁねぇさ、ただ窮地の村長を助け出したべっぴんさんが来たって話だよ。うん、噂以上だな」
「すまねぇハレンさん、コイツも悪気はねぇんだ」
「構いませんよ。お邪魔しましたね。村長さん先に家に戻っています」
ハレンは微笑みながら村長に気にしていないことを告げ自身は一足先に家へと向かおうとすると少しバツが悪そうに村長が止めた。
「ああ、いやちょっとまってくれねぇか」
「なんですか?」
「……そのだなぁ」
「村長……頼むよ」
「俺らだって心苦しいさ」
「話あったろう?」
渋る村長にたいして村民は口々に囃し立てる。ハレンはハッとなり告げた。
「……やはり余所者が突然現れて長期滞在しようなど無理がありましたよね。すいません、道さえ教えて頂けたらすぐにでも経ちますから」
そうすると村長だけでなく村民達もあわててハレンを止めようとする。
「違ぇんだハレンさん!」
「村には居てくれていい」
「というか居て欲しいんだよ俺ら!」
「そうそう!」
突然の変わりようにハレンは面食らい目を丸くするもすぐに村長達に質問した。
「ではいったい何のお話でしたか?」
「そのだなぁ、昨日言ってた仕事の話。覚えてるだろう?」
昨日の夕飯の時何か仕事があればやらせて欲しいとハレンが言ったのをどうやら村長はさっそく村民達に聞いたようだ。
そして、その仕事は。
「簡単に言うとだなオラの村の用心棒になってくれやしないかってことなんだ。」
「用心棒ですか?十分治安は良さそうに見えましたが」
「ああいや、村同士のいざこざがあるわけじゃねぇんだ……」
「ゴブリンだよ」
突然村民の一人が村長に変わって話を続ける。
「嬢ちゃんが来た日、俺達は男手集めて村の周囲のゴブリン退治をやってたんだ」
「やはりそうでしたか、私もゴブリンの死体を追って村の近くまで行ったので覚えています」
「なら話が早ぇ、嬢ちゃん冒険者だろ?ならわかるハズだゴブリンの数が多すぎるって」
「……そうですね、ゴブリン退治はしたことありますが小さな群れ位の数はありましたね」
(厳密には現在冒険者ではないが)
「だろう?俺は狩人だからちょっと違うが、そんな俺でも気づくレベルで多いんだ」
ここまで話されればハレンも気づく、彼らはゴブリン退治をして欲しいのだろうと。
実際農村部でのゴブリン被害というのはバカにならない、魔獣ならば人を警戒して村に近づかない事もあるがゴブリンは逆に悪意を持って襲いかかってくる。村が滅びる原因のTOP3に入るだろう。
「つまりゴブリン退治を任せたいということですね?」
「……そういうことだ」
少し遠回りであったが村長達の要望はハレンの予測通りであった。
村長を救ったハレンの力量を考えれば村民達の願いももっともだろう。実際ハレンの実力ならば相当な相手でなければ遅れをとることは無い、引き受けることに自体には何の問題もなかった。
「構いませんよ。私としても専門知識が必要な農業などよりもよっぽどやり易い仕事です」
「いいのか、命の危険だってあるんだぞ?」
「まぁ……そういうのには慣れているので、ありがとうございます」
村長の気遣いに感謝しつつハレンは仕事を受けることにした。村民達も少し仕事を受け入れて貰えるかどうか、ゴブリン退治をどうすかなど心配していたのだろう安堵した様子だった。
「ですが1つだけ要望が」
「なんだ?」
「武器になりそうなものはありますか?ここに来るまで使っていたものは既にボロボロなので、最悪ゴブリンから奪えばいいんですが」
「ああ、それなら少し古いが剣があったはずだ」
「いいんですか?使っても」
「もちろんだよ、といってもホントに古くてなぁちゃんと斬れるかどうかが心配だなぁオラの村には鍛冶屋がまだなくってねぇ」
「大丈夫ですよ振れれば何でもいいので」
「そうなのか?昨日までは手斧を……ああ、そういうことか、村外れの納屋にあるはずだ、案内しよう」
「……それは後でですね」
「なんでだ?」
ハレンはスッと手を向ける。それにつられて村長も視線を向けるとそこには奥さんの姿があった。
「どっかで迷子になったんじゃないかって思ったじゃいか!?」
「すいません」
「悪ぃ、すぐ行く」
「かみさんか今はこれまでだなウチも怒られちまう」
村長の奥さんが迎えに来たことでその場は一旦お開きとなった。
朝食は昨日と同じパンと野菜のスープだった。
───────
朝食をとった後一通り村を案内されたハレンは村長と共に井戸で話した納屋へと来ていた。
「ここが最後、朝もいった納屋でさぁ。剣もここにしまっててなちょっと待ってくれ今取ってくるからよ」
「わかりました」
村長はハレンに表で待ってもらい一人納屋へと入っていく、ハレンはその場でくるりと向きを変え朝から度々感じていた視線の主に声をかける。
「私に何かご用ですか?」
ガサッと一瞬音が鳴り、少し間を空けハレンが見つめる茂みの奥から小さい人影が現れた。
(やはり子供だったか)
茂みから出てきた少年は何も言わずただブスッとハレンを睨み付ける。
「初めまして、昨日から村で過ごさせてもらっているハレンといいます」
「……知ってる」
「……貴方のお名前は?」
「アレは俺んだ」
「……すいません、アレ、とは?」
「ふんっ!」
前の世界でハレンに子供はいたがそれでも子供の扱いは得意とするところではなかった。ましてや突然現れいじけた子供となるとハレンも苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
「だめだって……村長さんに怒られちゃうよ」
茂みに隠れていたのは一人ではなかった。少年と同じように出てきたのは同じ年頃の少女だった。
「初めまして、ハレンといいます」
「あっえと、初めまして私はミアっていいます。こっちはライルっていいます」
「ありがとうございます。いい名前ですね」
「はいっ!」
「……おい、いくぞ」
「えっ、もう?聞きたいこと一杯あるのにライルも楽しみにしてたじゃん」
「いいから、いくぞ!」
「えとすいません失礼します」
「ええ、またお話しましょうか」
ライルはハレンを見ることなく歩いていきミアは待ってよ~と少し走りながらライルを追いかけていった。
(……何だったんだ?)
ハレンが二人を見送っていると、納屋からは村長が古ぼけた剣を抱えて戻ってきた。
「いやぁすまねぇな待たせちまってよ」
「いえ、ありがとうございます。……先ほど子供が二人話しかけて来てくれました。ライルとミアという子なのですがどうもライルさんからは嫌われているようでして」
「ああ、あの二人ですか、彼らはオラの村のたった二人の子供でさぁ、きっとライルの奴ぁ剣をハレンさんが持つのが羨ましくて拗ねてるんでしょう。ずっと冒険者になるって言っててなぁ」
「なるほど、少し悪いことをしましたね。夢を横取りしてしまった」
「なに、気にしないで下せぇ、すぐにケロッとしますよ、もしかしたら剣を教えてくれってお願いしてくるかもしれねぇ」
「……そのときは親御さんと要相談ですね」
「ははは、大丈夫でさぁ、そん時ぁ教えてやって下さい」
「いいんですか、子供も大切な労働力でしょう?」
村長はハレンの言葉に少し驚いたようで目を丸くしたがすぐに微笑みを浮かべハレンに頭を下げた。
「農村にも詳しいようで、でもあの子達は少し特別なんです。好きなようにやらせてやりてぇんです」
(……驚いた)
今度は驚かされたのはハレンの方だった。まさか村長が頭を下げてまでお願いしてくるとはおもわなかったからだ。
「そんなに頭を下げないで下さい、剣の手解き位ならばお安いご用です」
「ありがとうごぜぇます。さて、さっそくですけどこれからは自由にしてくだせぇ村の近くにゴブリンがいたら討伐しておいてくれればいいんで」
「……私が言うのもなんですけど、そんなに信用していいんですか?」
「まぁ、良くはないんでしょうけどなにぶん監視するわけにもいかねぇんで、一応討伐したら冒険者と同じように右耳持って来てくれば」
「わかりました。では日中は付近を探索させていただきます」
「頼んます」
それだけ言い残すと村長は本当に畑へと戻って行った。
(次に行商人が来るのはおおよそ一週間後だったか、それまでにせめて付近の巣は潰しておこう)
ハレンはさっそく古ぼけた剣を腰に差し、近くの塀を越えて森の中に入る。しばらく歩き回りハレンは村と川や洞窟の位置、獣や魔物の足跡などを調べ頭にいれていく。どうやらゴブリンは村の付近一帯にいくつかの巣を作っているようでこのままであればすぐにゴブリンが村までやってきた事だろう。
(思っていたより多いい、危険だな少しずつ削っていくか)
今後の討伐計画をたてつつ歩き回ること数時間、ハレンは川のほとりの少し開けた場所を見つけた。
(剣を振るうにちょうどいいか、村の中ではなんだしな)
ハレンは腰の剣を抜き放ち正眼に構え息を整え、今度は息を吸いながら上段に構えを移し一息に振り下ろす。数十回続け最後に手近にあった木の枝を同じように剣を振り、切り落として剣を納める。
(剣速は落ちていないし、特に目立つような違和感もないな。これならこれなら装備さえ戻ればいつでも前線に戻れそうだ)
次にハレンは砦で拾った手斧を腰のマジックバックから取り出し右手に構え片手で振り上げ腕が伸びきる前に振り下ろす地面に手斧をめり込ませ瞬時に手放し両手の逆手で剣を抜き放つ、その勢いにあわせて左足で手斧を蹴り飛ばした。回転しながら飛ぶ手斧はハレンの狙いどおりの木の幹に深く刺さった。
(技のキレも落ちていない、やはり装備不足が悔やまれる)
それからもいくつかのパターンで武器を振るい最後にもう一度素振りをしてハレンは帰路についた。
(明日は森の中で振るってみるとしよう)
帰りがけにも周囲の地形を頭にいれることを忘れずに川に沿って村まで戻る。道中で見つけたゴブリンが村に近づかないことを確認し、近づくようなら討伐、右耳を切り取り死体は森の中に放置する。
(食べる気は起きないがゴブリンの死体は栄養が多いいんだったか?森の栄養になるとかなんとか……。非常食……無いな)
村に帰ると村民達が広場に集まっていた。どうやら昨日の狩人が鹿を仕留めたようだった。
「おお!帰ってきたかハレンさん、今夜は肉だぞ!!」
「ただいま戻りました村長さん。楽しみです。コレは今日の分のゴブリンです。やはり数が多いようで巣となっていそうな洞窟にはあらかた目星をつけて来ました」
「仕事が速くて助かる。もう、内蔵は焼いてんだ食っていきな」
「いただきます。……所で皆さん竜の肉噛み千切れます?出きるなら振る舞いますけど」
「ははは、ハレンさん冗談が上手いな。竜の肉は固くて普通は食べられないことで有名じゃねぇか!!そもそも、竜の肉なんてどうやって手に入れるって話だよ」
「ふふふ、ですよね」
肉が出るということで今日の夕食には一人一杯酒が配られた。今日は村民達が夜遅くまで騒ぎ続け、笑い声が絶えることはなかった。一足先にベットに向かったハレンはその笑い声を子守唄替わりに聞きながら眠りについた。