東大陸3
海中は夜ということも相まって暗く、海中用の装備を着けていない状態では視界が悪い、しかし、その目は大きな影を捉えていた。
(大きい……。鱗がない……か?)
その魔物の姿はぼんやりとしか見えなが、竜の鱗特有の光沢がなくどちらかというと暗闇に紛れる色合いの表面だった。
船の何倍もの長さの影はうねりながら離れていく錨と共に繋がれている鎖の重さではそのスピードは落ちないようだ。
ハレンは魔物が見えなくなると海面目指して、月明かりを頼りに泳ぐ。
「ぷあっ……」
海面に出れば船の方が騒がしくなっているのに気づいた。とにかく投げ込んだのだろう浮き輪が辺りを漂っている。その一つにハレンは掴む。
「いたぞ!掴まっている」
ハレンの耳に護衛の声が聞こえ次の瞬間、何人かが海に飛び込む音がする。しばらくしてハレンのもとへとやって来た。
「怪我は?」
「……問題ない、意識もはっきりしている」
「よし、今から身体に縄も巻く、いいな!?」
「かまわない、指示に従おう」
護衛の手際は良く、揺れる海面だというにもかかわらず瞬く間にハレンを縄で固定する。そして船に合図を出せば縄が引かれ少しずつハレンの身体は船へと運ばれた。
十分ほどでハレンは甲板へと引き上げられ、歓声が上がる。労おうと集まってくる人々を護衛のリーダーが押し留め、待機していた船医がハレンの検診を始めた。
「「師匠怪我は!?」」
人の波をかき分け飛び出す二人を止める人は居なかった。
「無事か?」
「こっちの台詞です!まさか海に飛び込むなんて!!」
「師匠は無茶しすぎなんだよ!!」
「……あの場面ではアレが最善だろう、私は泳ぎの経験もある」
「それでもだ!」
「私達も師匠が心配なんです!」
そう怒る二人への申し訳ない気持ちと出きるものは出きるのだという考えが相反し、二人をなだめるために頭を撫でることしかハレンは出来なかった。ハレンに引っ付いて離れない二人に船医は少し困っていたがなにも言わずハレンの状態をたしかめる。
「お嬢ちゃん助かったよ。危うく船が沈むところだった。今、船長達が破損箇所を調べてる。まあ、明日の入港はかわらないだろうけどな……。よし、怪我はなさそうだ。お湯を用意させとくもう部屋に戻って休んでくれ、船長達には明日改めて挨拶に行くよう言っとくよ」
「助かる。なら今日は休ませて貰おう。そうだ、私も助けに来てくれて護衛の人に礼を言いたいんだが」
「それも明日だ」
船医に促され部屋まで戻り濡れた服を脱ぐと、いきなり脱ぐとは思わなかった船医はバツが悪そうに目をそらす。
「服は乾かしておく、悪いが下着は自分で頼む」
そう言って濡れた服を取ると速足で部屋から出ていった。
「……師匠?」
「……悪い」
ハレンの体調を気遣いそれ以上はミアも言わなかった。運ばれてきたお湯で身体を拭き、着替えた後もう少し起きていようとしたハレンだったが、ライルとミアにベッドに押し込まれ大人しく目を閉じた。
翌日、朝日と共に目を覚ませば船員達が接岸に向けて準備している最中だ。そのうちの一人がハレンに気づきこちらへと、ハレンを船長室に案内する。 船長は仕事を止めお茶をハレンにだした。
「改めて昨日は助かった」
船長は机に額が着くほど深く頭を下げる。ハレンは気にしないでくれと、伝えたがそうはいかないと譲らない。
「冒険者であるあんたらの助けを借りることも……まぁ、想定としてはあった。だが、それは最悪の時だけだ。間違っても最初から頼っちゃいけねぇ……。俺ら船乗りのプライドみたいなもんだ」
「そう言うことなら、そうですね。冒険者ギルドに一報お伝えてください、評価につながりますので」
「もちろんだ。別途で報酬もだす」
「それは……、ありがたく頂きます」
「そうしてくれ」
礼について話していれば昨日、ハレンを助けに海に飛び込んだ護衛達がやって来た。彼らにも船の方から報酬が出るようでハレンが気にすることはないと言われ、護衛からも仕事だからと固辞されたので感謝を言うだけにハレンはとどめた。
「ここのところ海の魔物も増えているんですか?」
仕事があるからと去っていった護衛達を見送り、ハレンも退室しようとしたが、帰国のルートの一つに船もあるので詳しそうな船長に聞いた。
「やっぱりモンスター・パニックの影響がでかいな、そこそこ狩られたが幽霊海賊や島食いなんか残ってるヤツも多い、冒険者ギルドに聞けば教えてくれるハズだ」
「わかりました。ありがとうございます」
「おう、いいってことよ。……どんな理由があって子供を二人連れてるのか知らんが、お嬢ちゃんも気をつけな。二人の頼れる大人はあんたしかいねぇんだ」
「はい、もちろんです」
ハレンが頭を下げ部屋から出ればじゃあなと見送る船長の声が聞こえた。
(入港後はギルドに行って情報収集、宿を取り計画を練って、陸路の旅支度をして出発。……船旅も疲れるものだし休息を含めて3日、4日くらいか)
部屋に戻ればライルとミアの二人はもう起きて下船の支度をしていた。
「あっ、戻ってきた。おかえり、もう俺達の荷物はまとめたぞ」
「おかえりなさい、もともと荷物は少なかったですけどね。お話はもうよかったんですか?」
「ただいま、船長達も入港準備があるからな、早めに切り上げてきた。私の荷物がまとめ終わったら甲板に行くか、船の上から見る入港もなかなかいいものだ」
「おお!いいな、昨日は街もよく見えなかったし」
「初めて行く港町、楽しみです!」
二人に急かされるように荷物をまとめ三人はそれぞれ鞄を背負い甲板へ。海鳥が船と並走し途中、漁船もちらほら見られた。街に近づくほど二人は興奮し今か今かと逸る気持ちを押さえられないでいた。
グリーンポートには他にも大型船が数多く停まっており大小合わせれば数えきれない船がある。もちろんそれは漁船や貿易船だけでなく軍艦もありライルの視線を釘付けにする。
「カッケェ!アレ大砲ってヤツだよな強いんだろうなぁ、ミアも見ろよ!」
「もう、見てるってば!」
そうこうしている内に船は接岸し下船が始まった。
「師匠!これからはギルドでいいんだよな?」
「ああ、色々情報が必要だからな。知り合いの一人でもいればいいんだが」
「そういえば結局師匠は何処から来たんです?異人というのは聞きましたが」
「西大陸の方だ。最終目的地もそこだな」
「師匠のいた国かぁ、皆強いのか?」
「そうだな、私の仲間は皆、強いぞ……機会が合えば会えるかもしれないな」
「フロット王国に行く途中で会えるかもなんだろ?楽しみだなぁ」
前に話した昔のハレンの事を二人は目を輝かせて聞いていた。幾つかの事柄についてはぼかしたが、ある種の英雄譚のようなものであり子供心に火をつけた。
港に降り立ち、入港を済ませて三人は冒険者ギルドに向かった。途中、魚市場や屋台など目を引くものが多くふらふら歩く二人の手を引きながら歩けば母と子供、いや、見た目の年齢的には姉と弟妹のようだった。
「屋台の物は後で買ってやるから、前を向いて歩いてくれ」
「あっ、ごめんなさい!村では魚なんて見なかったのでつい」
「というか食べたのも船の中が初めてだしな」
「……後で良い店を聞いてみよう」
かつての世界に比べて、いたたまれない気持ちになったハレンは絶対に旨い魚料理を食べさせてやろうと決意した。
ギルドに着けば、子連れのハレンに視線が集まる。
(……いつかは慣れないとな)
不躾な視線を押し退けるように受付へと行けば、少し驚いたようだったが平常通りの対応をしてくれた。
「ギルドへようこそ、依頼の登録でしょうか?」
「……いえ、情報を貰いにきました。周辺の地図の購入とこの街の宿、飯処について知りたいのですが」
「なるほど……かしこまりました。地図はこちらの物がご提供できます」
そう言ってだされた地図はかなりお粗末なものだったが、最低限は必須の道や都市は描いてあり、記憶を辿って思い出して、かつて作った世界地図と頭の中で比べてもだいたい合っていたので大人しく金を払って受け取った。
宿屋や飯屋はかなり安めな所を紹介されそうになったので金ならそこそこあると伝えて、中堅どころの商人や冒険者がよく使う場所をそれぞれ教えて貰い、周辺のモンスターや今出ている依頼について軽く聞いてからギルドを後にした。
「さて、先に宿屋にだけ寄るが観光といこう。夕食は聞いた店に行くがそれまでに行ってみたい所は?」
「はいはい!俺、港をもっと見たい!」
「私も!」
「じゃあ早速行こうか」
宿屋で大きめの三人部屋を取り、旅の荷物を下ろして最低限のものだけもって三人は観光を楽しんだ。
「師匠、アレって何処の船?」
「この街の船だな、警備用のだ」
「魔物対策ですか?」
「ああ、それが一番の理由だな。他にも海賊がいた時期もあったが最近では少なくなった。甲板の上にある小さな砲がその名残だ」
三人は港で停泊している船の見物をしている。今、目の前にあるのはこのグリーンポートの警備船。その武装はちょっとした砦並だ。かつての世界の船と異なり、砲の全てが水平線より下に向けることが出来るように作られており、弾も大型の銛が撃てるのが特徴だ。
「あの船なら昨日の魔物も倒せるんですか?」
「いや、無理だな」
ハレンは即答した。昨日出くわした魔物はハレンの見立てではドラゴンイーター、あるいはそれに匹敵する強さだろうと考えている。
『ドラゴンイーター』それは生まれもった強者である竜に匹敵する強さを持つに至った異常成長した魔物の総称だ。いわゆる魔物版のドラゴンスレイヤーの称号とも言える。竜以外の魔物が竜を倒せるレベルまで成長することは希にある。特に今までもゲームの時にはボスとして出てきた魔物はどれも竜より強かった。
ドラゴンイーターの恐ろしい所は成長して存在していることだ。歴戦の魔物は知能も高く何より対人、対魔物の戦闘経験が豊富でこちらの弱点もよく理解している。さらにドラゴンイーターと呼ばれるのは個体個体で至るため、共通の弱点などはなく、その時その時で異なる対応を迫られる。
「あの船の武器じゃ足りないってことか?」
「ああ、あの船は見えてる限りでは最大級のようだがドラゴンイーターを相手にするには貧弱すぎる。船体に使われている素材も珍しいものではなさそうだし、最前線に出せば瞬く間に壊されてしまうだろう」
「そうですか、ならあの船は……」
「おいおい、嬢ちゃんずいぶんなもの言いだぜ?」
気を取り直してミアが新しい船について聞こうとした時、男が間に割って入ってきた。
とっさにミアを庇うライルとそれごと二人を庇うハレンの姿に男は焦って両手を前にだした。
「おっと、そう警戒しないでくれ、嬢ちゃん達の話が聞こえちまっただけなんだぜ?」
「気分を害したのなら申し訳ないです」
「ああいや、謝罪が欲しいわけでもないんだ。嬢ちゃんの話も間違っちゃいないんだぜ」
敬語は止めてくれと告げ、茶髪の軽薄そうな男はルーアと名乗りこの街の冒険者だと明かした。
「ただこの街の人間として訂正だけしたいんだぜ。あの船はこの街で旧式扱いなんだ。第一線で活躍する船は商船の防衛に向かってるぜ」
「なるほど、港そのものより航路の確保を優先したと」
「ああ!そうだぜ!」
「ルーアさん、それでは街の方が危なくないんですか?」
「おっ、言い質問だな小さい嬢ちゃん。それについては安心してくれていいぜ、港そのものにも防衛施設があるし、そのために俺が街に残ったんだぜ!」
「もしかしてルーアさん冒険者なのか!?」
まだ少し警戒していた様子のライルが目を輝かせてルーアに聞く。ルーアはそれに笑って胸をはり、まさにドヤ顔といった様子で答えた。
「もちろん!俺はこの街でも一二を争う冒険者なんだぜ!」
「すげぇ!港町の冒険者ってことは海中戦の経験もあるんだよな!?」
「あったりまえだぜ!俺は竜も倒したことあるんだぜ!」
すごいすごいとはしゃぐライルに気をよくしたようでルーアは自身の武勇伝や聞いてもいないご近所付き合いまでペラペラと話した。いちいちライルが良い反応を見せるものだからハレンの少しひきつった笑いやミアの苦笑いには気付かなかった。
「そうだ、まだまだ話足りないしお前らもこの街に来たばっかだろ?俺が案内してやるぜ!」
「いや、それは……」
「師匠、俺からも頼むよ。師匠やレリックさん以外の冒険者と話して見たかったんだよ」
「……ミアもいいか?」
「あー、はい、大丈夫です」
「じゃあ頼みます」
「任せろ!」
やっと時間確保できました!お待たせしてすいません!