東大陸2
航路は安全をある程度確保されてはいたようで襲われることはなかったが、2日目の昼に異変が起きた。船に大型の魔物の残骸がぶつかったのだ。
「あちこち喰われてやがる。元はなんだ?」
残骸は引き上げられ海の魔物に詳しい船長と航海長が調べているがなかなか結論付けられずにいた。頭やヒレは無くなっており、皮も小さい魔物に囓られたのか大部分が存在しない。かろうじて判るのは鱗が無いことから獣系の魔物だということだけだ。
「おい見ろよここ、多分脊椎?だよな」
ざわざわと騒ぎながら見物する冒険者に混じって見学していたライルが指を指してるところを見ると、大木の幹ほどの太さの骨が綺麗に囓りとられていて、歯形は細く尖っている。ライルとミアがハレンの顔を見上げるが、ハレンはどこかで見たことがあるような気がしたが正確には思い出せず、眉をしかめるだけだった。
「……対魔物は専門外なんだ。特に海洋系のモンスターは戦闘までに必要な前提が多い、ボス級ならまだしも一般モンスターはそんなに狩っていない」
「師匠でも知らないことってあるんだな」
「ライル!」
何も言われていないのに言い訳をしたハレンにライルの言葉が突き刺さり、ひっそりとダメージを負った。
視線を反らして残骸の中に潰れた臓器のようなものを見つける。それには見覚えがあった。
「喰われた方は鮫系の魔物だな」
それは引き上げられる際に傷ついたのか油を垂れ流し、甲板をテラテラ濡らす。船長と航海長もそれに気づき、残骸を迂回して確認すると確かに鮫の肝臓だった。
「珍しいな、鮫系モンスターなら真っ先に喰われる部位なのに、それにこの大きさの鮫をここまでボロボロに喰えるヤツっことは相当強いな」
最悪竜か、と言う言葉がポツリとこぼれるが船長は険しい顔で航海長と数名の船員、護衛に雇われた冒険者を連れ航路を考え直すべく部屋のなかへと引っ込んでいった。残されたのは若干の冒険者と商人、下っ端の船員達だが、すぐに甲板は騒がしくなる。ここまで来たのなら進むしかないという意見と死体が流れてきたのなら進む方が危ないという意見、双方の言い分は拮抗しあちらこちらで議論が白熱する。
ライルとミアも不安そうにハレンを見ていた。
「まあ、経験は少ないが無い訳じゃない。船には対海洋モンスター用の銛も積んであるしそれを使えば撃退くらいは出来るだろう」
「ほんとに?」
「海のモンスターを相手にする時は陸の何倍も大変だって聞いたことありますけど」
「うーん……、水中戦は癖が強いからなぁ、船上なら船の耐久性次第だ」
焦る周囲と比べ全く普段と変わらない様子のハレンにライルとミアも落ち着きを取り戻し二人でひそひそ話し出す。
「……よく考えればあの竜より強いのってそういないのか?」
「……どちらかというと師匠より強いのじゃない?レリックさんの師匠への対応とか何となくだけど下位の冒険者に向けるものじゃ無さそうだったし」
「そっか、けどレリックさんって師匠に勝ったんじゃねっけ?」
「勝ちを譲られた感じがした。って言ってたよ」
「そっちか」
そんな話をしている二人を眺めつつ海を警戒しながら待っていると船長達が部屋から出てきて進路の変更をしつつ東大陸を目指すと宣言した。
一部からはそれでも不安の声が上がったが船長の意見を変えるほどではなく、方向性が変わらないことを察し、抗議よりも襲撃に備えるようにという指示を優先し、各自で積み荷の確認や武器の手入れを行った。
ハレン達も部屋へと戻り荷物を確認する。ハレンの装備は防具に変わりはないが、武器の一部が更新されており、腰に吊るしていた剣が槍に変わっている。これは対海洋モンスターを考えての武装だ。ライルとミアは防具を着けていないが、最低限の護身用にナイフを腰にさしている。
「それを買った時にも言ったが、それはあくまでも最後の手段だ。基本は自分達で戦おうなどと思うなよ。それにはまだ早すぎる」
「師匠それ何回も聞いたって、大丈夫だよ。まだ職にも就いてないし」
「ライル、師匠は心配してくれてるんだから。安心して下さい。何かあれば真っ先に助けを求めますから」
「……ならいい」
それぞれ持ち物の確認をしていればコンコンと扉がノックされる。ハレンが開ければ船員が経っておりその手には今日の夕飯がある。
「夕食をお持ちしました」
見れば配られている食事は昨日よりも豪華であった。料理を見たのに気づいたのだろう船員は苦笑いを浮かべる。
「ありがとう」
しかし、ハレンがそう言って微笑みながら受けとるとその頬が赤く染まり、仕事ですからと告げると駆け足で去っていった。
(見た目だけなら結構良いんだったな。今後も活用していこう)
「師匠、よくないと思います」
内心を読み取ったミアがジトッとした目を送ってくるのを無視して食事を始めた。
「おっ、なんか昨日よりも量があるな!」
「もともと3日の予定だから長旅のものに比べれば昨日の食事も豪華だ、……それとは別にこの食事は万が一に備えてだろうな」
「万が一、ですか?」
「襲われて海に投げ出されたときに備えて高カロリーなんだ」
そう言うとライルとミアの手がピタリと止まり、ミアは量が多いからとライルに渡そうとしたパンを咥えた。ライルもそれになにも言わず大切に自身のパンを咀嚼する。
「よーく噛んで食べるように」
そして食事をとりながらハレンが海に落ちた時の対処法などを教えていると日は沈み、辺りが暗闇に包まれる。昨日は気にならなかった夜の海も昼の出来事を考えるとライルとミアを不安が襲う。
「もう寝ると良い」
二人をベットに寝かせ自身は暗くなった船室から出ながらハレンはそう言った。しかし、ベットから顔だけ出す二人の表情を見て立ち止まり告げる。
「この時期なら甲板でも寒くはないだろう。……眠るには不便だがな……、来るか?」
「「はい!」」
パッと顔が晴れ、いそいそとベットから出る。そう時間は掛からずに毛布を抱える二人を連れてハレンは甲板へと向かった。
「師匠、何しに甲板へ?」
暗闇の中、灯りも点けず歩いているとミアが小さい声で聞いてきた。波の音が響くが船内は静かだったため他の乗船者に気を遣ったのだろう。
「一応見張りをな……、護衛の冒険者も実力は十分に思えるが……。」
ハレンの脳裏にこれまで戦ったことのある超大型海洋モンスターの姿が幾つか思い浮かぶ、二人に伝えても要らぬ心配をかけると判断し言わなかった。言葉を続けずに苦笑いを浮かべるハレンの顔を怪訝な顔で見るミアと呑気にあくびをするライルだった。
甲板に上がると護衛の冒険者以外にも数名の冒険者が武装して船首や船尾に立っていた。冒険者もハレン達が来たことに気づき視線が一瞬集まり、そしてそばの二人に移る。ただでさえ子連れということで目立っていたハレンだったが、流石に夜の甲板に連れてくるとは思っていなかった冒険者達から少し厳しい視線が刺さる。とはいえ、乗っている冒険者には開拓都市から来た者も多く、事情を知っていたり、冒険者ランクもある程度厳選され、人格に問題ない者達ばかりだったので声を掛けてくる者は居なかった。むしろ人格者だからこそハレンを見る目が厳しいのだ。
「船首は……。十分に人が要るな船尾に行こう」
船尾に移っても視線は集まる。船尾には冒険者の二人が立っていたのでその逆側へ向かと二人はその場に腰を落ち着け、ハレンは海の方を見た。
血や油で汚れた甲板は既に洗われて辺りには磯の香りが広がっている。船の揺れは静かで適度に眠気を誘う。いつの間にかハレンの足下から小さい寝息が聞こえ始めた。
晴れた夜空から指す星明かりに照らされて揺れる海面がキラキラ光った。
幸いなことにその後は海に異変が起きることはなく3日目の夕方には目的地、港湾都市グリーンポートが見えてくる。ピリピリしていた乗船者達もこれに安堵して船内の雰囲気は柔らかなものとなった。
「夜間の接岸は危険だ。明日の朝までは船で待機してくれ!」
船長がそう言うと甲板に集まっていた大勢が口々に文句を言いながら船室へと戻っていった。
「師匠、あそこがグリーンポート?」
「そうだ。東西両大陸にある港で三番目位の大きさだな。昔は何故こんなに発展しているか悩んだものだが……、まさか新大陸との窓口だったとは、聞いたときに驚いたものだ」
ハレンはゲーム時代を振り返る。グリーンポートについて集まる資料には多くの物資のやり取りがあったが船の行き先が不明だった。ゲームとしては異常なほどにリアルさを追求していたこのゲームでおかしいと感じていたが、これで謎が解けた。
遠くから見ると船の数は多いいがハレンが目を凝らしてみればどの船も積み荷は少なく港町の活気が少ないように見えた。
(モンスター・パニックの影響が海路にもでているのか?)
そうぼんやりと考えていると錨が下ろされ鎖の擦れる音が響いた。
「もう1日警戒する必要がありそうだ」
「徹夜してますよね。寝た方がいいんじゃないですか?」
「問題ないさ、2日3日程度の徹夜ならな
「でも港は目の前だしモンスターも来ないって」
「……先日の事もある。この距離だとおまえ達二人を抱えて泳ぐのも手間だ。なに、明日には良い宿を取って1日寝るとするさ」
そう説得すると渋々ながら二人は部屋へと戻り毛布をもってやって来た。
「私たちもここにいます!」
「師匠が眠くなったら俺たちが見張りを代わるからな!」
「ははっ、そうか、なら頼むとしよう」
昨日と同じ場所で三人は夜を明かすことにした。
そしてアレがやって来た。
「おい!モンスターだ。デカイぞ!」
見張り台の上に登っていた冒険者が大声で指を指す。月明かりに照らされる不自然な波の動きが海面の下にいる存在を伝えた。すぐに警鐘が鳴らされ多くの冒険者が甲板へとやって来る。ハレンは二人を起こしてメインマストのもとへ連れて行き繋がれている縄の一つを握らせた。ここに居ろと告げすぐに冒険者が集まる方へと駆け出すと既に多くの冒険者が先に攻撃するかどうかで揉めていた。もっとも護衛で雇われた冒険者達が移動のために乗っている冒険者達が攻撃しようとするのを止めている形だ。
「なぜ攻撃させない!?」
「海洋モンスターを狩るためならまだしも、先に攻撃すれば襲ってくれと言ってるようなものだ!」
「そんなこと言ってる場合か?アイツはこの船を狙ってるかもしれないんだぞ!?」
「海での戦闘は俺達の領分だ。指示にはしたがってもらう!」
「クソッ、話にならねえそこをどけっ!」
そうしている内に波はますます近くなる。事態の収拾に船長も尽力しているが焼け石に水だ。冒険者の一人が武器に手をやり護衛もそれに答えようとした時だった。
「もうぶつかるぞ!」
「今すぐ静かにしろ!しないヤツは俺が海に叩き込む」
見張り台の護衛からの声に護衛のリーダーの男がその場にしゃがみ鬼気迫る様子で指示を出す。今から攻撃しても意味がないと悟った多の冒険者も渋々ながら指示に従う。
船は一度傾き、すぐに戻る。皆が通り過ぎたと思い安心したのも束の間にガコンと大きな音を立てて衝撃が走り、船が船首を下にしながら進み始める。
(錨が絡まったか)
「錨を外せ!」
「……っ、だめです壊れてます!!」
瞬時に船長が指示を出す。それに船員は答えようとするが鎖を繋げる機構が衝撃で壊れ、取り外し出来なくなってしまった。
大きく揺れる船からはギシギシと軋む音が聞こえ始める。荒事になれていない商人達が悲鳴を上げ、冒険者もどうすれば良いかわからず、護衛のリーダーは鎖を外すべく奮闘しているが全力で怖そうとすれば船にもダメージが行くので難儀している。
(仕方ない)
ハレンは船首へ不安定な船上であるにも関わらず駆け出し、護衛のリーダーからの静止も聞かずにバウスプリットの先端から飛び出し鎖に向かって剣を振る。大型帆船を繋ぎ止めることが出きる太い鎖はパキンと音を立てて両断され、大きな水しぶきを上げ海に沈んでいった。
(鎖鎌なんかも準備しておけばよかったな……)
どんどん近づく海面にハレンはぼんやりとそうすれば船に戻れたのにと後悔し、二人の悲鳴を背にポチャンと海に落下した。
「浮き輪を投げろ!見張りは周囲の警戒を他は数名残して縄を身体に繋げ、海に入るぞ。死なせるな!」
リーダーの掛け声で海に飛び込む護衛達と目を凝らす冒険者達。海に落ちたハレンの大捜索が始まる。
「師匠、無事かな」
「大丈夫だ。待ってろって言ってたから……」
2日ぶりの投稿!……おのれバイトめ、執筆時間を奪いおって