ゴブリン王国2
予約投稿忘れてました。ごめんなさい~!!
「ニゲラレタカ……」
「Guru」
「ワカッテイル」
ジェネラルの言葉に頷くとゴブリンヒーローは自身のマントを外し、飛び散ったヒーラーの亡骸を包んだ。
「アノカキュウヲウケテハ、ヤツモブジデハナイダロウ。ソレニコドモヲツレテイル。サガサセロ」
ゴブリンヒーローの指示を受けジェネラルは追跡にキングは兵士への命令を下すために部屋から走り出る。
「ケガハ?」
メイジは腕からナイフを抜くと、流れる血をそのままに動かそうとするが、手を握る事は出来てもその腕が上に上がる事は無かった。
「チヲトメロ。オマエニハマダタタカッテモラウヒツヨウガアル」
「Gurua!」
ゴブリンヒーローと一番付き合いの長いメイジは任せろと返事をした。
――――
「……大丈夫ですか?」
「傷薬ねぇのかよ……」
一方でハレンも無事では無かった。もともとステータスが防御方面は弱く、盾の性能も低く、正面から火球を受け止めるのは無茶な行為であった。
「大丈夫だ。これくらいの痛みには慣れている。おまえ達も今のうちに休んでおけ、どんな状況でも身体を休めることが出来るようになるのは冒険者にとって有用な能力だ」
「……わかりました」
「……こんな時も訓練かよ」
この言葉は半ば本当だが、苦しむ姿を見せないように気丈に振る舞っている部分もあった。それを二人も感じ取り、自身の力不足を再び覚え歯痒い思いだった。
現在、三人はハレンが街に侵入したときに目星をつけたゴブリンの痕跡が無い建物の一つにかくれている。しかし、二人の足の速さやハレンの傷もあり、ゴブリン達の包囲を抜けず、街の外壁とゴブリンヒーロー達と戦闘となった館の中間辺りまでしかたどり着けなかった。
(体力の自動回復系のスキルは動いてる。しばらく休めば万全ではなくとも最高速で走れるようにはなれる。……問題は包囲をどう破るかだが、隠密行動で行けるか?……メイジを殺せなかったのが惜しいな)
そう考えハレンは自身の左手を確かめるように握り、開く。
(大槌も軌道がキングを捉えきれていなかった。ヒーラーを殺れたのは幸運だ。……まだこの身体に馴れていないということか)
投擲を含め様々な技の精度が下がったとは気づいていた。そのため身体を動かし馴らしてはいたがとっさの行動であったり、特に技量を求められるモノは未だに完璧とは程遠い。これもまたヒーローを仕留め損なった原因の一つだった。
(いっそのこと二人を抱えて走るか?)
「師匠」
「二人で話して決めたことがあります」
二人に呼ばれ思考を中断して顔を上げれば二人は覚悟の決まった目をしていた。
「……なんだ?」
「……師匠の戦い見て思ったんだ。いや、全部はわかんなかったけど、俺たちがめちゃくちゃ足引っ張ってるって」
「師匠は強いですから、一人なら多分どうにでもなったんですよね」
「……なんとなくわかった。しかし、それはナシだ」
ハレンが生き残るだけなら二人を置いて離脱すれば良いだけ、それならば容易く達成できる。しかし、それでは意味がない。二人はそう言われ泣きそうな、辛そうな顔をしたがそれでも言葉を続けた。
「師匠はっ……!師匠が……、俺たちの命を第一に考えてるのはわかる。でもさぁ」
「私達が……、師匠には死んでほしくないんです。お母さんもお父さんも、村のみんなも私達を守ろうと……、何とか逃がそうとして殺されたんです。それだけでも辛かったのに、師匠も犠牲になってしまったら……私っ」
「俺たちだって、そりゃあのゴブリン達には無理でも、普通のになら勝てる!勝てなくても逃げられるさ……師匠に教わったことを活かせばさ!」
二人の言葉はある種の悲鳴だ。目の前で家族や親しい人々が死ぬ。優しい彼らにとってそれは自身の死よりも嫌なことで、恐ろしいことだった。ハレンはそんな優しい人々が自らを犠牲にする姿を見て苦悩したことがある。自らの職責と彼らの命、天秤にかけては犠牲にする選択を取ることもあった。その事で感傷に浸るのは止めたのはもう随分と昔の事だ。だからゲームであったとしても軍人をやっているのだから。
軍人として、彼らを認め指示をしようと開いた口は一文字に結ばれた。今は元の世界の自分でもなく、元帥のゲールでもなく、冒険者のハレンなのだから。
「……冒険者の鉄則は受けた仕事は必ず達成することだ」
ハレンの言葉に顔をうつ向かせていた二人は頭を上げる。煤や血の付いたハレンの顔は未だに見たことがない優しさに溢れていた。
「私がここにいるのは個人的に助けたかったこともあるが、拐われたことを知ったのは村長からだ。あの人は私の下まで一目散に走ってきた。おまえ達を助けてくれ、守ってくれと」
「じゃあ!村長は生きてる」
嬉しそうな笑顔を見せるライルにしまったと、顔をしかめハレンは謝った。ミアは感ずいているようだった。
「……いや、すまない彼は私が看取った」
「……そうですか」
「すまない迂闊だった……。村長は強い人だ。見ず知らずの私を受け入れた。他の村なら追い出されたハズだ」
「村長さんは優しい方でもあるんです」
「村長はカッコいい人だ!」
「そうだな、とにかくすごい人だ。そんな村長からの依頼を未達成にしては私の冒険者としての面子に関わる。それに、村長に怒られるし嫌われてしまう。そうだろう?」
「ふふっ村長って怒ったことあるんですかね?」
「……俺はある。勝手に剣を振り回してた時だ。危ないことはするなって」
「村長が言いそうなことだな」
一度は暗くなった雰囲気も少し上向く、ハレンは二人の前に立ち上がり身体を動かし、傷は大したことがないと見せつける。
「というわけだ。私ためにも守られてくれ、頼む」
頭を下げるハレンに二人は慌てて頭を上げるように言った。
「師匠が謝ることじゃねえって!」
「そうですよ!元々私達のわがままなんですから」
「ありがとう……。私は勝つ、奴らを討伐して村長達の仇を打つ、信じて待っててくれ」
「おう!」
「わかりました!」
二人の期待を背に応急処置的にバリケードを張ったこの建物からハレンは飛び出した。道中でできる限りのゴブリンを討伐し、腰の剣も差し直しゴブリンヒーロー達を見つけるのにはそう時間は掛からなかった。
ゴブリンヒーロー達はハレンを警戒して広場で固まっていた。周囲には数えるのもバカらしくなる程の多数のゴブリン、ゴブリンキングが最も輝く状況だ。レベル100のゴブリンキングのバフならばここにいるうちの何体のゴブリンがハレンと切り結ぶことも可能になるだろうか。
ゴブリンジェネラルに変わったところはないがゴブリンメイジは左腕を布で吊っており、ゴブリンヒーローの鎧は別の物になっている。
対してハレンの身体は傷が癒えきっておらず、武器の質も高くない、しかし、その背後には弟子からの期待のみがあり、まさに戦力差は明白だ。
「ゴブリン共、皆殺しだ」
広場の周囲に仕掛けた爆弾が一斉に破裂し建物が音を立てて崩れ落ちる。広場の外縁にいたゴブリン共に建物の破片が突き刺さり倒れる。
キングの反応は速かった。周囲を警戒するように指示を出し、既にかけられていた以上のバフが百体以上のゴブリンに掛けられる。ジェネラルはキングの守備に回り視線をくまなく巡らせる。ヒーローも打って出ることはなかった。そしてハレンの攻撃は続く、広場の中心のキングから見てちょうど真北から多くの武器が横薙ぎの雨のように投げられる。ゴブリン共の使う粗雑な槍や斧、一山いくらで売られるような錆びたナイフや包丁、工房の見習いが練習で打った剣や斧、街一番の鍛冶士が作った物まで、時折、礫や爆薬も混ざりながら鉄の雨は時計の針が進むように少しづつ移動しながらゴブリン共に襲い掛かる。
「グゥ」
「「「……crgr」」」
その攻撃が広場を一周した時、そこに立っているゴブリン居なかった。否、ゴブリン共の死体の山からはゴブリンヒーローのみが這い出る。キングやジェネラル、メイジを含めたゴブリン共は早々に自身の命を諦めゴブリンヒーローの盾となり彼を守った。
そう、戦力差は明白だった。かつて、この世界の頂に立ち、最強談義には必ず第一候補として上がったその実力は、攻勢にでたハレンの威力は、たとえ同じレベル100であってもゴブリン共には到底越えられない大きな壁があるのだ。
「……コレホドトハナ」
「流石に残るか、ゴブリン、頼みの数は居なくなったぞ」
「ヤカタデノタタカイハ……、テカゲンシテイタノカ?」
「いや、全力だったさ」
「コドモガイナケレバアノバデワレワレヲコロセタノカ?」
「むしろあの時、おまえ達は私を殺せたのか?」
「…………ゼッコウノキカイヲウシナッタノハワレワレデアッタカ」
ゴブリンヒーローの目にはもはやどうやって殺すかというギラついた火は無かった。どうやってこの場を脱するかしか頭の中にはなかった。しかし、それはハレンも同じだ。本来ならばゴブリン共に遅れは取らないしかし、今はその本来から大きく外れている。本音を言うのならば先の攻撃で全滅させる事が理想だった。今ゴブリンヒーローとの会話に付き合っているのも体力の回復を狙ってだ。しかし、二人の事を考えるとあまり時間を使えないのも事実。攻撃の開始から帰還まで設定した時間は一分、既に半分が過ぎていた。
「そもそも、この状況は私のミスだ。隠し牢の中で待ってもらっておまえ達のような高レベルのゴブリンを各個撃破しておけばよかったのだ」
「……ミトメヨウオマエノホウガ、ワレワレスベテヲアツメテモツヨイ、ガ、オマエモゲンカイノヨウダ」
会話を通してゴブリンヒーローも冷静さを取り戻した。二人を置いてここに来たのはハレンにとって賭けだと理解し、その中で生まれた復讐心、冷静さを取り戻したことで逆に沸々とゴブリンヒーローの中に怒りが沸いてでた。ゴブリンヒーローとは名ばかりに守られた自身に対しての怒りだ。それを目の前の敵にぶつけたくなった。
「ツカウツモリハナカッタンダガナ」
ゴブリンヒーローが取り出したのは黒い水晶玉のような物だった。ハレンが使わせまいとナイフを投げつつ走り出す。しかし、それよりも速く水晶玉は砕かれ溢れる魔力がゴブリンヒーローを包みこむ。
(……雰囲気が変わった)
足を止めマジックバックからハレンは白い長剣を抜いた。この世界に来る前にゲーム内でボスを討伐するために使った一振は今のハレンが出せる最高級の武器だ。
魔力で包まれたゴブリンヒーローの姿が顕になる。その体躯は三倍の大きさとなり筋骨隆々な姿はもはやゴブリンの範疇ではない、紅い大剣が今ではちょうど良い大きさの長剣のようだった。
ゴブリンヒーローが剣を構える。ハレンもそれに合わせた。
どちらともなく同時に踏み込み、剣と剣がぶつかり合い火花を散らす。今までとは異なり折れることのない剣に改めてゴブリンヒーローは警戒しつつその膂力でハレンを押し潰すべく力をこめる。正面から向き合うハレンの足下は押され、めり込み、手足の筋肉や骨が悲鳴を上げて血が流れる。
ゴブリンヒーローは勝利を確信した。自滅と引き換えに何倍もの力を得る秘術、その効果は目を見張るものであり、勝てないと思ったハレンを追い込んでいる。全身の力を込め剣に体重を押し付けた時だった。ズルリとゴブリンヒーロー身体が前に倒れる。切り結んでいるハズの剣を見ればそこには白い長剣が紅い大剣と共に残され地面に埋まっている。ハレンの姿がそこには無い、そして熱と共に無くなる右足の感覚、視線をやれば剣を振り抜いたハレンの姿があった。この土壇場でハレンは白い長剣を囮に使った。正面から受け止め、そして力が入った瞬間に抜け出し腰の剣でまず足を切り落とす。変わりに剣はヒーローの強化された骨に耐えきれず折れる。
───腰の剣の残数は五
もう一振抜き放ちゴブリンヒーローの腕を捉え中程で折れる。すぐさまもう一振抜き腕を完全に切り落とし、再び折れる。
───腰の剣の残数は三
今度は二本同時に抜いて縦に切りつける。ゴブリンヒーローの鎖骨から肋骨にかけてを切り裂き、剣は同時に折れた。
───腰の剣の残数は一
ハレンは最後の剣を抜きゴブリンヒーローの首を切り落とそうとして止まる。ゴブリンヒーローはその歯で剣を噛み砕き文字通り食い止めた。
───腰の剣の残数は零
ハレンは剣の柄を捨て自身も口を開いた。この世界に来る前、ゲーム内でボスを討伐するために使った一振白い長剣はセットの武器だ。物理的には二つだが、システム的には一つと見なされた。それゆえにボスの不意を打ち討伐を成功させた。
長剣の銘は『ゲルティス』、ゲールの歯を素材として鍛え上げたその剣は副産物としてその性能と同等の威力の入れ歯を産んだ。ハレンの発達した犬歯はそ『ゲルティス』の一部、イベントボスも同じ方法で討伐した。
ハレンの歯がゴブリンヒーローの喉へと刺さる。容易く皮や筋肉を引きちぎり骨を噛み砕き、ハレンの口一杯に血が溢れる。
ゴブリンヒーローが最後に見た光景は自身の肉を食らうハレンの姿だった。