ゴブリン王国
街を切り抜け屋敷へとたどり着いたハレンはライルとミアを探していた。屋敷の中にはゴブリンが見当たらなかったが念のために隠密行動を意識しつつ探索を続けるもなかなか見つからない二人にハレンは焦る。もしも、街の何処かに監禁されているとすればその捜索は困難を極める。シーフ系の職ならば探索スキルに補正が乗るため見つけられたかもしれないがハレンが持つのはそのスキルだけ、あと使えるとすれば前の世界の知識だけだ。
(ゴブリンが部屋に閉じ込めるなんて事はしない……だろう、必ず牢屋に相当する場所があるハズだ)
二人の捜索に手詰まりを感じ始めたとき視界の端にふとキラリと何かが光る。よくみればそれは結び目がつけられたミアの長い髪だった。
(よくやった)
ハレンは思わずニヤリと笑った。髪が紛れた泥の足跡の様子から行く先を割り出し進むとそれなりに広い部屋に出た。
(舞踏場か?)
部屋の壁のほぼ全てが鏡になっており、天井も一部が硝子のドームとなっている。部屋へと続いた足跡は泥が全て落ちたのだろう、無くなっていた。しかし、場所の目安ができたのならばハレンにとってそう大きな問題ではなかった。壁と壁の隙間にくまなくナイフを突き立て隙間のある部分を見つけ出すと長剣に持ち変え切っ先を捩じ込み無理やり引っ掛かりを壊す。ガギンと音がなり壁の鍵が壊れ、ハレンが押すと壁はスムーズに開いた。
壁の奥は石造りの階段となっており薄暗い、ゆっくりとハレンが降りると新たな部屋の入口が見えた。そして二人の、ライルとミアの声が聞こえる。二人がひとまずは生きていることが分かり、少し安心したハレンが部屋に入った時、風切り音をならしながら大きな斧が振るわれた。しかし、ハレンは予測していたかのように身体を捻って回避するとその勢いのまま長剣で切りつける。その一撃が盾に防がれるとハレンは剣を手放し、組み付き、兜と鎧の隙間に手首から取り出したナイフを差し込んだ。血がゴポリと溢れだし膝から崩れ落ちる。ハレンは兜を剥ぎゴブリンであることと絶命していることを確認するとゴブリンの使っていた斧と盾を回収し二人の囚われている檻を探し始めた。
「「師匠!」」
幸い、二人はすぐに見つかった。少し汚れ軽い傷はあったが命に関わるようなものは無く、すぐに動ける状態だ。
「無事でよかった。……すまないがすぐに出る。動けるな?」
ハレンは二人に少しずつ摂るように注意して水と干し葡萄を渡しながら聞いた。
「大丈夫だ。俺たちどこも怪我してない」
「ライルがゴブリン達に一度殴られてますけど首を痛めてはなさそうなので大丈夫です」
「あっ、コラッ言うなよ!」
「状態は正確に報告するべしって教わったでしょ!」
「……偉いぞミア、ライル殴られたのはどちら側だ?」
「……右、です」
殴られたと聞き少し語気の荒くなったハレンに気圧されライルは素直に答えた。頬が少し腫れているが首を動かせても痛みは無いようで大事にはなっていなかった。
「……あのライルのこと怒らないで下さい、隙を作るから逃げろって言って私のために殴り掛かって行ってくれたんです」
「怒りなどしないさ、ミアを助けようとしたその心意気は大切だ。だが、無謀なのは確かだ。帰ってから訓練をし直すぞ?」
ハレンが微笑みながら頭を撫でれば二人は安心したのかその場に座り込み少しずつ目に涙をため、堤を切ったように泣き出す。村は焼かれ家族や村民も殺され、生き残ったが捕まってしまいこれからどうなるかわからない状況に子供ながら気丈に耐えていた二人だが、安心して緊張の糸が切れたのだ。
ここに居る時間をハレンはできる限り短くしたかったのは確かだが、この時は何も言わず二人を抱き締めた。
「すいません、もう大丈夫です」
「時間無かったんだよな?悪い」
しばらくして二人は泣き止んだ。我に返り少し恥ずかしいのかライルはぶっきらぼうに顔を背け、ハレンとミアはそれが微笑ましくて顔を見合わせクスリと笑った。それにライルが何か言いたそうにはしていたがハレンが「行くぞ」と、立ち上がると何も言わずに続いた。
「万が一の時はこれを使え、殺すことを躊躇うな。生きるためだ」
ハレンがマジックバックから新たな短剣を取り出し二人に渡すと神妙な面持ちで二人は受け取りミアは両手で胸の前に持ち、ライルは左手で腰の位置にもった。
檻を出てすぐのゴブリンの死体に驚いた二人だったが声を押し殺しハレンの後ろに続いて階段を上る。二人は響く足音が自分達の二人分しかないことに気付き、懸命に足音を殺そうとした。
隠し扉の前まで来るとハレンは二人に止り後ろに下がるよう指示をした。ハレンは一人、前に出て剣を抜き隠し扉を蹴り飛ばす。
その刹那、ハレンが飛び出すと吹き飛んだ扉を目で追うゴブリンが四体、そして一目散にハレンへと突っ込んでくるゴブリンが一体、紅い大剣を持つゴブリンだ。
紅い大剣を持つゴブリンはハレンが狙った王冠を被るゴブリンとの直線上に割り入り互いの剣で切り結ぶ、拮抗したのは一瞬だ。ハレンの持つ剣にはヒビが入り少しづつ紅い大剣がめり込む。
ハレンの動きに気がついた他の四体がそれぞれ動き出す。斧と盾を持ったゴブリンがハレンの背後を取るように走りだし、紅い宝石の付いた杖を持つゴブリンは詠唱を初めその杖の先に火球が生まれ、先端に獣の頭蓋骨をつけた杖を持ったゴブリンも詠唱を初め紅い剣を持つゴブリンの身体に何かを飛ばす。そして王冠を被るゴブリンがハレンを指差し何か口にすると全てのゴブリンの身体が一瞬輝いた。
ハレンはめり込んだ剣を無理矢理動かし火球の射線上に紅い大剣を持つゴブリンが来るように立ち回り、背後に迫った斧と盾を持つのゴブリンの一撃を避けると、その場で跳んで離れながらマジックバックからナイフを取り出し、今まさに火球を放たんとした紅い宝石の付いた杖を持つゴブリンに投げるとそれに一拍遅れて気づいたゴブリンは無理矢理身体を動かし避けることには成功したが、火球は天井に放たれその一部を崩すことになった。
「その王冠は見覚えある。ゴブリン王国の主、ゴブリンキングだな、だが、おまえ達は見覚えがない」
隠し扉の前まで下がったハレンは疑問を口にした。
「ドコデシッタ?」
「なに、小耳に挟んだだけだ。……しかし、以外だなおまえ達全員人の言葉がわかるのか」
追撃しようとしていた斧と盾を持つゴブリンが紅い剣を持つゴブリンがハレンの疑問に質問で返した時に踏み込むのを止めたのを見てハレンは警戒度を上方修正することになった。
「ふむ、ゴブリンのパーティーか、となるとお前が英雄か?」
「ドウヤラ、ゴブリンニツイテヨクシッテイルヨウダ。ソウダオレガゴブリンの英雄だ」
(ということは、紅い宝石の付いた杖を持つのはメイジ、頭蓋骨の方はヒーラー、斧はジェネラルか、見張りを含めて二体揃っていたら面倒だったな)
ハレンは冷静に分析しつつも内心焦っていた。ゴブリン王国の戦力だけなら多生の例外が居ても問題なかったが、さらに別のゴブリンの勢力が居るとなると戦力の想定が難しく、極論、レベル100のゴブリンヒーローが後、数千体居たとしてもおかしくはない。ゲールとして完全武装ならそれでもなんとか対処は、最低でも撤退はできただろう、しかし、今はライルとミアの二人をつれた上に武器も乏しい、第一線級の武器はボス攻略に使った長剣一本のみ、他は有り合わせだ。その長剣も居るかもしれない他の敵のことを考えると今、安易に抜くことは躊躇われた。
(遠距離火力はメイジだけ、前衛二体は仕留めることはできなくとも強引に抜くことはできる。ヒーラーとバフ役のキングどちらを先に仕留めるべきだ?)
「まさかゴブリンにもこんな実力者が居たとはな、おまえ達がこの国の主ということか、そこのジェネラルはキングとヒーロー、どちらに使えている?」
「ソウダ、ワレワレコソガ、アノカタニエラバレタソンザイナノダ。ミナソノレベルハ100ダ」
(乗ってきたのはヒーローのみ……理解は出来ても他のゴブリンは話せない?……ふむ、決定打に欠ける。がしかし、100レベルか、私の剣が押し負けたのだから嘘は無い、100レベルの用意は難しいコイツらが最高戦力か)
「ハナシハココマデダ、コドモヲワタシテモラオウ」
(……引き延ばしもここまでか)
構えるゴブリンヒーローに合わせて他のゴブリンも動く準備をする。ハレンは右手に剣を握り直しどう来るか考えを巡らせる。
(二人を狙って拐ったのならばこの場で殺しに掛かることは無い、今メイジが生み出している魔術が岩槍系なのは範囲攻撃に巻き込まないようにだ。ならば二人を連れて強引に突破するか?……いや追撃から逃げ切れないか。そうするには最低でもヒーローとメイジの討伐が必須)
ハレンは覚悟を決めチラリと階段の入口に目をやる。二人は震えながらもしっかりとハレンを見続けいつでも走れるように準備していた。
「二人はその場で待機、私を信じて待っててくれ」
その言葉を合図に戦闘が始まった。
隠し階段は部屋の角、その前に立つハレンと正面に陣取るゴブリン達とは対角線上に対面している。部屋の出入口はハレンから見て真っ直ぐ左に行った所だ。
ゴブリン達の行動はハレン達の逃げ道を塞ぐことを第一にしたものだった。左右からハレンを挟み込むように岩槍が飛ばし、その中央からはヒーロー、大回りして出入口との直線を塞ぐようにしてジェネラルが隠し階段へと迫る。
対してハレンは迂闊に動けない状態だ。ヒーローかジェネラルどちらかが二人の所にたどり着いてしまったら人質に取られたり、万が一もあり得る。ゴブリンのどれかが崩れるように隙を伺うしかなかった。ハレンは隠し階段へとゴブリンより先に瞬時に戻れる安全圏として3メートルと設定しそこから出る時は必ずどれかのゴブリンを屠る時と決め、それまでは攻撃を受けきると、左手に盾を取り出し長期戦の構えを見せる。
飛んできた岩槍を打ち払いヒーローの大剣は受け流す。その隙を突こうとするジェネラルの斧は盾で受け止める。まさか正面から受け止められると思っていなかったジェネラルの動きは一瞬止まり、ハレンは兜の隙間に爪先を叩き込んだ。追撃を防ぐヒーローの横槍はいなしきれず、剣が折れるもギリギリでハレンの身体を捉えることはなかった。顔を蹴られたジェネラルは鼻血を流すもヒーラーによってすぐに止まる。ハレンは折れた剣をヒーローに投げつけ逆手で腰の剣を抜き放ちヒーローに迫る。ヒーローは飛んできた剣を打ち払いついでハレンの剣を受け止めた。したから切り上げるように振り上げられた剣は紅い大剣に打ち付けるように当たり、またもや剣は折れるが、その折れた剣先が回転しながらヒーローの顔めがけ飛ぶ、紙一重でヒーローは避けるが体勢が崩れたところにハレンの足払いを受けその身体が宙に浮かぶ、そして無防備になったその胴体にハレンは長剣を下から突き上げた。しかし、切っ先が鎧を貫き肉体に刺さる前に火球がハレンとヒーローの間で炸裂する。その威力は抑えられていたが爆炎によってハレンの視界が遮られ、爆風によってヒーローは吹き飛び距離を離される。
「くそが……」
ハレンは思わず悪態を突く、長期戦の構えはブラフ、今の一合いでヒーローを仕留める算段だったがメイジによる援護が想定よりも速く、想定外の方法だったため仕留めきることが出来なかった。
吹き飛んだヒーローを守るようにジェネラルが間に入り、その奥では既に治療が始まっていた。
回復の手段が乏しいハレンの方が形勢は不利になる。
「走れっ!」
その事を悟ったハレンは二人に指示を出す。ずっとハレンを注視していた二人は瞬く間もなくに走りだす。メイジが出入口めがけて岩槍を飛ばすもそれにはハレンのナイフが当たり空中で弾ける。ヒーローを守ることを止め、ハレンを強引に突破し二人を確保しようとしたジェネラルだったがその考えはすぐに捨て去ることになった。逆にハレンがゴブリン達へ突撃する。虚を突かれたジェネラルに対してマジックバックから取り出した大槌を横薙ぎに振るい、盾に阻まれるもジェネラルは壁へとその身体を埋めた。ハレンは振り切った勢いのまま回転し大槌を投げる。大槌はキングに向かって飛ぶが自らを犠牲に盾となったヒーラーの身体を砕いて軌道は逸れる。
ハレンはその結果を見ると踵を返し二人の下へ走る。それはメイジによる追撃と同時だった。二人の生死を構わずに放たれた火球、ハレンはとっさにその前に飛び込み盾を構えて正面から受け止めた。お返しとして左手から放られたナイフはメイジの左肩に刺さり、命を奪うには至らなかった。ハレンの右手には煙玉が握られており、それが地面に当たると煙を上げた。
ナイフの追撃を警戒したゴブリン達だったが、それが来ることは無く、メイジが煙を吹き飛ばすとそこには開いた扉があるだけだった。