プロローグ
『双子星』そう名付けられたゲームは世界を席巻した。世界総人口の1割がユーザーであると言われるほどに人気のあるゲーム。しかし、その初期の評価はそれはもう酷いものだった。
このゲームは自由を売りにしたものなのだが文字通りに自由すぎた。プレイヤーは初回のスポーン地点をフロット王国、アレント帝国、聖国など、あらゆる拠点を選べたもののチュートリアルに値するものが何1つとして用意されていなかった。
説明なくゲームの世界に放り投げられる。
それが初期の評価だった。
だから初期プレイヤーは団結し努力した。そのほとんどがゲームへの愛ではなく、自由を謳うこのゲームでどこまでやれるのか挑戦するというある種の反骨心によるものだが幸いにもそれは上手くいった。
多くのプレイヤーは冒険者となり、各国で分裂していたギルドへ所属しその中での地位を高め、発言力を手に入れギルドを統合世界に名だたる協会になった。
一部のプレイヤーは商人や傭兵となった。プレイヤー同士のネットワークを活かし商会を大きくするものもいた。各地で戦果をあげついに傭兵団を設立するものもいた。
そして遂に国を作り上げたものも現れた。
その頃には初心者への支援も増え新たなプレイヤーも増えていった。
そうして『双子星』は世界で最も多くのユーザーを獲得したゲームとなったのだ。
現在無心で剣をふるい木を切り倒しながら山を歩くゲールもそんな初期勢の一人でありかつては傭兵をしていた。やがてそのメンバーと国を作るもそこでもまた、派兵をして金や物資を集める傭兵国家だった。軍隊に力を入れ派兵した報酬として採掘権などを得る。そうして国を大きくした。そして、ゲールは元帥の地位である。
さて、そんなゲールがなぜ女体化したかというと、その日ゲームでは10周年記念のイベント最終日、その〆としてゲールはイベントボスへのソロアタックに挑戦した。複数の武器を扱う事が特色の戦士職に対して、一つの武器のみの使用を強いる今回のイベントボスはゲールにとっては天敵で、その戦闘は長引いた。
(私としたことが戦闘中に回復薬を切らすとは)
辛くも勝利を掴み報酬を確認するとそこにあったのは女性アバター専用装備の文字だった。
『双子星』にはそれまで形状などからくる男性向け、女性向けの装備はあったが、性別の指定がある専用装備は存在しなかった。
ゲールはプレイヤーとして装備しないわけはにはいかなかった。早速アバターを変更し装備、そして効果の確認をしようとした時、視界は暗転した。
(なんだ?)
当時のゲールはゲームに不具合があったのだろうと考えていた。これまで似たような事は起きたことが無かったが8周年イベントの最終日、サーバーに負荷でもかかったのだろうと。
しかし、ゲールはそれが間違いだったとすぐに気づく、暗い視界の中どこからともなく声が聞こえたからだ。
「世界の命運をあなたに託します」
ゲールは思わず声をあげようとしたがそんな間もなく視界がひらけた。
ゲールは山の中にいた。
───────
「ここは?」
辺りを見渡しても木々などの植物が視界を遮り遠くは見えなかった。辛うじてわかるのはここがどこかの山の中だということだった
(ひとまずマップを開いて周辺の確認を)
ゲールはいつものようにメニュー機能からマップを開こうとするも反応はなくその手は空を掴んだ。
(何が起こっている?)
これまで様々な人生経験のあるゲールであっても混乱は免れなかった。
突如聞こえたなぞの声、開かないメニュー機能とマップそして身に覚えのない場所への転移、到底受け入れられるものではない。
「アイツらはいるのか……?」
帰れるのかといった不安よりも先に感じたのは仲間達への心配だった。共に傭兵をし、国を作り上げだパーティーメンバー果たして彼らは無事なのかゲールの脳裏に最悪な結末がチラリと浮かぶがゲールは頭を振ってそれを吹き飛ばす。
(ここが『双子星』の世界の延長にあるのだとしたらアイツらもこの世界に来ているはず。あるいはゲームがまるまる現実となったのか?)
ゲールは不明なことからはひとまず目を背け少しでも希望のある可能性へと思考を変える。
(今身に付けているこの装備はゲーム内で着けていた物。アイテムバックの確認は必要だな……。そしておそらく身体は……まぁいい身体能力が落ちていなければなんだっていいさ)
ゲールはその場で手早く装備を確認すると舌打ちを1つ。
(ソロアタック用に装備やアイテム、アイテムバックのほとんどを持ってきていないのが悔やまれるな)
通常の冒険であれば常備していた装備やアイテムの数々のことを思い返しながら遭難するには少ない荷物に再びゲールは焦りを覚えた。今の武器はボスアタックに使った物のみであり、自身の荷物整理のマメさを恨みつつ計画立てる。
(ひとまず山頂を目指そうか、目標は人里の発見、理想は知ってる街や村、最悪盗賊団でも良し)
多分に希望的観測が含まれてはいるものの絶望するよりはましであるとゲールは自身を説得し山頂目指して歩を進める。歩いた所がわかるように手近にあった木を切り倒しながら。
3、4時間進むとゲールは山頂へとたどり着いた。
(さて、人里のようなもとがあればいいが)
山頂付近は幸い、高い木が生えておらずゲールは辺りを一望できた。しかし、どうやらここら一帯は山がちな地形のようで見渡しても街のようなものは見当たらない。
「ふむ、どうしたものか……」
何も手掛かりがなければゲールとしても進む方向を決めかる。ひとまず見えるなかでもっとも高い別の山へと登るか、付近の探索を続け木に隠れているかもしれない道を探すか、どちらにしろ運に任せることにはなる。ゲールとしてはそれは避けたかった。
しばらく山頂で考え事にふけっていると、ふとゲールは視界の端に黒い点のようなものを捉えた。
(あれは……まさか、面倒な)
黒い点はどんどん大きくなりその正体をあらわす。竜だった。赤い鱗をまとった家ほどの大きさの竜。小さい村なら容易く滅ぼす竜は討伐できたのなら巨万の富を得られるとも言われているが、少なくとも今のゲールにとっては戦うとしたら面倒な相手だった。
(今の装備でもあのくらいの竜ならば問題なく狩れる……が、無駄に消耗する必要もないな)
ゲールはチラリと剣や防具を見てそう判断し抜き掛けた剣を鞘へと戻した。
(念のためどこかで身を隠しておくか)
ゲールはゆっくりと後退りし、再び木々の中へと戻ろうとしたときだった。よく目を凝らせば竜の身体に無数の矢傷があるではないか。
(しめた!)
ゲールはそれを人の手によるものと判断すると、さっと飛び出す。
竜は視界の中に突如現れた敵の存在に少し驚くもすぐに身体の魔力を高め喉へと集める。
竜にとっての一番の武器、ブレスの予備動作だ。
(若い個体だな)
魔力によって少し膨らんだ喉をゲールは跳躍しながら両断する。漏れでた炎が周囲を焦がしながら竜の骸は地に落ちた。
(……熱い、少し焦りすぎたか)
一瞬炎を浴びたゲールは身体の所々から煙をたたせながら使用できるか確認しておいたアイテムバックに竜をしまう。
(……というよりもゲーム内では感じない熱さを感じた。息苦しさもだ。……本当に現実の世界なのか)
かつて初めてゲームをプレイしたときのリアルさとは別種の現実と同じ感覚を体感しゲール改めて頭の痛くなるような実感を得る。
しかし、もうゲールが絶望することはなかった。
「必ず帰る。諦めなどするものか」
ゲールはあえて口にだすことで決意を固め直した。何が起きたのかはわからなくてもこの現実に負けるつもりはないと。
─────
ゲールは竜が来た方向へと歩き続けることにした。手掛かりは竜に付けられた傷だけではあるが運に任せるよりはマシであると判断したからだ。
しかし、空を飛ぶことが出来る竜に対してゲールは徒歩。さらに森のなかともなれば人里にたどり着くには数倍以上の時間が、かかるであろうことは想像に難くない。
そして、アイテムを持ってきていないため物資も足りていない。飲み水なんかは魔術でどうとでもなったが食料や衣類はそうはいかなかった。
だからゲールが道の途中で古ぼけた砦を見つけられたことはまさに行幸といえるだろう。
(ここが少しは落ち着ける場所だといいのだが)
さっそくゲールは錆びた扉を開けて砦のなかに入る。
なかはその草木に覆われた外観と比べて少しばかりカビ臭さはあるものの物置としては使えるだろうという程度には綺麗であった。他に誰かあるいは何かが入った形跡もなくゲールは少し警戒を解く。
簡単に部屋の間取りや砦の構造を調べ、おそらく城主が使用していたであろう最上階の少し大きめの部屋に身を置く。
ゲールは部屋に置かれていた木椅子にドカッと少し乱暴に腰を落ち着け大きなため息を1つし、竜と相対したときの己の行動を振り返った。
(焦っていたとはいえ正面から飛び込むのは浅慮だったな……、もしアレが想像よりも強かったら、あるいは私が弱かったらあの時点で……死んでいた)
今更ながら自らの行動を思い返し反省する。
(というか、そもそもなぜこんな事態になった?……娯楽小説もバカにできんではないか)
ゲールは足で床を蹴りカタンカタンと木椅子を揺らす。
(百歩譲ってゲームが現実となるのはいいだろう。実際にそうなっているのだから……。だが、なぜこのタイミングなんだ。普段ならば遭難時用の物資も常備しているというのによりにもよってボスアタック中にだと?……運が悪いにも程がある)
そしてゲールは胸に下げられたペンダントを眼前に持ち上げ忌々しそうに睨み付ける。
(結局コイツの詳細も確認できずじまいだ。それにもし、コイツが変に女性アバター専用などでなければ、使い慣れた身体のままだというのに)
いまは鏡は無いためおぼろ気ではあるがゲールの頭に作ったアバターの姿を思い浮かべる。
(ほとんどのデータは変えていないが、確か……女性向けということで髪と身長は変えたハズだったな)
ゲールは頭に手をやり長く伸びた黒髪を撫でる。
以前ならば少し撫でれば手からはなれていたハズの髪は肩、そして胸元に手を動かしてもまだ、それなりの長さが残っている。
(切るか?)
ゲールは森のでの行動を考えたら短い方が効率的だろうと一瞬その選択肢が脳裏をよぎるも剣に手を伸ばすことなく木椅子に身体を預ける。
(……確か私の髪は高く売れるとニコラスが言っていたな、念のため残しておくか)
かつて髪はよい触媒になると教えてくれたゲーム友達の話を思いだし、金に困った時売ろうと、いまは長い髪をゲールは受け入れた。
(そろそろ休憩は終わりだな)
木椅子から立ち上がったゲールは砦を調べている最中に見つけた倉庫と思われる部屋に行き物色する。
(先ほどざっと見て武器の類いはアイテムバックにしまったが、タンスや箱には使えるものが残っているといいが)
武器といっても錆びた斧や小さいナイフだけだったため期待はせずにゲールはタンスや箱に罠はないか一つ一つ確認し開ける。やはりめぼしい物資は無く、ほとんどがカラでたまに入っていても腐った果物や動物の死骸だった。
(……まあ、ダメだな。いつから放置された砦なのか)
それでも諦めずに全て調べ見つけられたのはボロ切れのような─おそらく鎧を包むための─布と中程で折れた剣が一振り、放棄された砦としては上出来だと自身を慰め次は台所へとゲールは移動した。
(食材や調味料などは無し、食器は……木製のものはダメだな、陶器の方は使えるか。調理器具が残っていたのは幸いだな)
水を出してフライパンや食器を軽く洗い流し比較的綺麗な竈に歩いている最中に拾った枯れ木をくべ火をつける。
アイテムバックから先ほど外で空中で切り落とした竜の尾の一部を十分に加熱されたフライパンにのせ焼く。
火を吹く竜も今ではただの食材、輪切りにされた竜の尾はジュウジュウと音を立ててた。
十分に焼けた竜の尾を皿へと移しフォークやナイフは無かったので少し冷めるのを待ち、手掴みでゲールはかぶりついた。
ついたままだった鱗を歯で剥がし行儀は悪いがプッと吐き出す。竜の肉は筋肉質で弾力が強く脂身がなく固かったのでブチブチと大きな音を立てゲールは噛み千切った。
(昔食べた時はもう少し柔らかかった気がするが料理の腕か?)
調味料がないので舌には竜の野性味ともいえる味が襲い癖があった。パサパサした肉は蜥蜴や蛙に似た味だった。
(あの時はソースを掛けていたな、癖を隠す為だったのか)
変な知見を深めた食事ではあったがこれまでの経験に比べれば火が入っている分何倍もマシだとゲールは判断しアイテムバックから森で見つけた食べられる果物を取り出し口にする。
林檎のようなその果物はとても酸っぱくゲールは思わず顔をしかめた。
夜間に無理して移動することもないとゲールは最初にいた部屋に戻りボロ切れのような布にくるまり目を閉じた。
(……巨乳派でなかったのが幸いしたな)
ゲールは今日をそう締め括った。
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