ブライトン魔術学院編8
学年が上がり、二回生になった。
クラス替えは二年ごとになるので、今年も同じメンバーで授業を受ける。
今年から課外授業も始まり、今日は学院から少し離れた山の中での実技授業を行う。難易度も上がるぞと先生は言っていた。リディのクラスは、山を少し登ってかなり開けた場所に集まっていた。
リディのいる国では、魔術の発展により今となっては殆ど魔物を見ることがなくなった。たまに辺境の地で魔物が出たという知らせが年に二・三回ある程度だ。
とはいえ、絶対とは言えないため、学院では有事の際に実戦で役立てるようにと訓練を行うことが決められている。
「今日はこの場所で訓練を行う。ここにあるラインからあっちにある的に傷をつけるのが課題だ。やり方は何でもいいぞ。」
自分たちのいる場所から百メートルほど離れた場所に木の板で作られた的が置かれている。
的自体は木でできているので、最近ずいぶん筋力がついてきたリディの素手でも破壊できそうだが、距離が結構あるので自分の魔力では到底壊せない。
リディはさっそくアルフレッドに相談する。
「この距離だと、ただやみくもに魔力をぶつけるだけじゃ途中で消失しちゃうよね。」
「うん。風を起こしてスピードを速くしてみる?」
「そうね。でもそれだけだと的に当たった時の力が弱い気がするの…」
「んー、そうしたら何か圧力とか重力を持たせて術に重ねてみようか?」
「そうね!この距離だとどれくらいのスピードと圧力があればいけるか計算して…」
地面にノートを置いて寝そべりながら、ブツブツとつぶやきながら計算をしつつ、術式を書き込んでいく。
最初は座っていたアルフレッドも、リディと一緒に寝そべって術式についてあれやこれやと議論する。
やんごとなき身分の彼が、汚れを気にせず地面に身体をつけ、平民のリディと一緒に真剣に取り組んでいる姿はこのクラスの生徒にはお馴染みとなっていた。
「相変わらず仲良しだなあ、おまえら。」
二人のところにやってきたのはクロヴィスである。一年も経つと、彼に構われるのも慣れてきたが、いつも何か含みのある笑顔にリディは身構えてしまう。
「クロヴィスのところはもう準備できたの?」
「いや、いつものパートナーが休んでて、今日は違うやつになるらしい。ジャンっていうやつなんだけど、どこにいるのかわかんねー。」
相変わらず貴族らしくない口調な上に、一年も同じクラスなのにまだクラスメイトの名前を憶えていないのかと、げんなりするリディは、立ち上って周りを見渡すとジャンをキョロキョロと探す。
少し離れた場所に居た彼に向かって、
「ジャン!!」
と大きな声で呼びながら駆け寄っていく。
制服とローブに葉っぱをたくさんつけたまま、一つ結びのポニーテールをふわふわと揺らして走るリディは子犬から小型犬に成長したようだなどと、アルフレッドは後ろ姿を見つめながら考えていた。
「おまえ、ほんとリディちゃんのこと好きな。」
「ん? うん、なんか小動物みたいでかわいいよね。飼ってみたくなるというか。」
ニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべているアルフレッドをちらりと横目で見ながら、そういう事じゃねんだけどな、とクロヴィスは小さく呟いた。
ジャンを連れて戻ってきたリディは、アルフレッドと一緒に術式を完成させ順番が来るのを待つ。
今まで、学院のホール内で出来る範囲の実技だったため、ここまで遠くのものを壊す術を発動させたことがない生徒たちは、的まで届かなかったりコントロールが出来なかったりと、軒並み失敗していた。
次はリディとアルフレッドの番だったが、周りの生徒も先生でさえも、この二人ならやってくれるだろうと期待と安心のまなざしで見守っていた。
二人はラインの上に立ち、的に向かう。
正面にある的に向かって術を発動するため、リディが前に立って術式を展開し、アルフレッドがその後ろでリディの両肩に手を乗せて魔力の補充とコントロールをする。
始め!という先生の合図でリディが目を瞑って術を詠唱し、アルフレッドもリディの極々僅かな魔力に集中する。
呼吸がぴったりと合った瞬間、二人同時に目を見開き、的に向かって魔術を発動する。
圧力をかけつつ少しでも重さをなくすため、細く回転しながら進む水に、さらに三倍速でスピードアップさせた二人の術は、的に向かって一直線に進んだ。そのスピードは先生も思わず驚きの声を漏らすほどだった。
パアアアァン!!!!
と小気味いい音を立てて水飛沫を上げた的には、中心に円形の穴がすっぽりと空いていた。
額に汗が滲んだ二人は向かい合うと、両手でハイタッチをして満足そうにみんなの元に戻ってきた。
次は、ジャンとクロヴィスの番だ。
そもそもこの二人の相性は大丈夫なのだろうかという不安もありながら、リディは二人を見守る。
ラインの上にはクロヴィスが立ち、その斜め一歩後ろにジャンが立つ。クロヴィスの足元には、先端を尖らせた槍のような木の棒が置かれていた。
始めの合図でクロヴィスがその木の棒をふわりと浮かせると、空中でぴたりと止めた。
その後ろからジャンが槍の持ち手側に手の平を向けて術を唱えると、ドンッという衝撃音とともに一気に木の棒が的へ向かっていった。
最初に大きな力を加えただけなのか、後は槍投げのように放物線を描いていったそれは、見事に的のど真ん中に刺さっていた。
一見すると地味な魔術であったが、リディとアルフレッド以外に成功する生徒が出るとは思っていなかったクラスメイトからは拍手喝采だった。
やった!とガッツポーズ喜ぶジャンに対して、クロヴィスはこれくらい出来て当然といった態度だった。
「すごい!すごい!!」
目を輝かせてジャンに駆け寄ったリディは、そのままの勢いでジャンに抱きつく。
「おおおおおう……!!やったぞ!」
リディに抱き着かれたジャンは両手を上げたまま、顔を真っ赤にしておろおろとしている。
とりあえず恥ずかしいから離れてくれとジャンが言うと、リディは慌ててゴメンと後ろに下がるが、
今のはどうやって考えたのか、術式はどんなだと、まくしたてるように聞いている。
そんなやり取りをしていた二人の後ろで、今まで感じたことのない感情に襲われたアルフレッドは、拳を胸の前で握り、ひとり立ち竦んでいた。