ブライトン魔術学院編7
あれから実技の演習は毎週行われた。
アルフレッドの眩しさや笑顔にはだいぶ慣れてきたものの、毎回同じクラスの女子生徒からの視線が痛い。しかし、直接嫌味や悪口を言ってくるような子はおらず、同級生にも恵まれてよかったなどとホッとしている一方で、リディの魔力は一向に増える気配はなかった。
「ごめんね、演習なのに私の魔力が少ないから、アルにばっかり負担かけちゃって……」
「気にしないで、リディは主に術式を考えてくれてるんだから、僕ばっかりに負担があるわけではないよ。」
最近は、授業で組んだ簡単な術式に魔力を乗せて発動させるという演習をやっていた。風を起こして課題の物体を移動させたり、風船に圧力をかけて破裂させたりなど、殆どの生徒が出来る中、リディは相変わらず魔力が少なすぎて、術式が完璧でも魔術が発動できないことばかりだった。
出来ないときはパートナーと協力して、魔力を補充したり安定させたりするのだが、ポンコツ魔力のリディは、その殆どをアルフレッドに頼っていた。
「はああああああぁぁぁ~……」
「ため息が深い…!」
「だって、もう半年も経つのに魔力が全然増えない…。これっぽっちも増えないよ…。」
「学力は相変わらずトップクラスというか、トップを突っ走ってるのにね。でも、こればっかりはどうしようもないよ。もっと時間が経てば増えるかも知れないし、…………増えないかも知れないし。」
「なぐさめてから落とさないで!」
涙目でベッドの上から恨めしそうにアネットを睨むリディは、目に見えて落ち込んでいた。
「私のパートナーのカロリーヌも、魔力がすごく少ないわよ。この半年で少しは増えたかな?って感じだけど、一度相談してみる?」
アネットのパートナーのカロリーヌは侯爵家出身で、一見するとクールビューティーで話しかけづらい印象だが話してみると貴族のご令嬢なのに、とても気さくで話しやすいのだという。
そんなわけで、アネットのパートナーと一緒に三人で放課後、話をすることになった。
カロリーヌはモンタニエ家の侯爵令嬢で、アルフレッド・クロヴィスと並ぶ五大侯爵家のひとつ。
五大侯爵のうち、三人が同級生というのも珍しいことだ。
中庭にあるカフェスペースで待ち合わせしたリディは、放課後その場所に向かうと、すでに二人は来ていた。こっちよ、とアネットに手招きされ丸いテーブルを三人で囲うように座る。
席に着くとさっそく自己紹介が始まった。
「この子がリディ。寮で私と同室なの。」
「こんにちは、リディ。わたくしはカロリーヌ・モンタニエ。カロリーヌで良いわよ。」
サラサラとした綺麗なシルバーブロンドの髪をハーフアップで編み込み、キリっとしたゴールドシトリン色の瞳は最初少しきつい印象を与えるが、話し方はとても柔らかく優雅である。
「初めまして、リディ・エルランジェです。リディって呼んでください。」
「えぇ。頭がすごくいいけど、魔力がぽんこ…とても少ないっていうのは聞いたわ。」
( …………ん? )
ちょっと聞き逃してはいけないような、聞き逃したいような言葉が聞こえた気がしたけれど、とりあえず聞き流すことにする。
「そうなの。カロリーヌはもともと少なかった魔力が増えてきているんでしょ?何か思い当たることある?学院に入って新しく始めたこととか・・・」
リディは、彼女の魔力が増える原因となったものがないかを聞いてみる。
「そうねぇ……特に新しく始めたことはないけど、習慣としてやっていることならいくつかあるわ。」
「ぜひ、教えてほしい!」
頬に手を当て視線を斜め上に向ける表情はとても優雅で、リディも思わず見惚れてしまいそうになりつつ、前のめりでテーブルに両手をつく。
カロリーヌはゆっくりと視線をリディに戻し、
「幼い頃からずっとやっているのは、腹筋と腕立てよ。あとは、ランニングね。でもただやれば良いという訳ではないわ。筋肉だけつけてゴリゴリのマッチョになったら見苦しいでしょう。ドレスを上品に着こなしつつも、外部の敵から身を守れる程度の筋力と俊敏さを身につけなければならないから。」
およそ貴族のご令嬢からは出てこないであろうフレーズの連続に、あれこの子は騎士でも目指しているんだっけとアネットは混乱し、目をぐるぐると回している。
その横でふむふむと頷きながら、真剣に話を聞くリディ。
「それから魔術に関係あるかわからないけれど、わたくし刺繍が好きなの。嫌なことや悲しいことがあったときは、一針一針想いを言葉にしながら縫っているわ。」
もはやそれは魔術ではなく呪術ではというツッコミを飲み込み、相談する人選を完全に誤ったと心の中で謝罪しつつ、リディに目を向けるアネット。
「…………ど、どう? 参考に…なった?」
「んー、刺繍はやったことがないからなぁ。とりあえず、腹筋と腕立ては寮でもできるから今日からやってみる!」
( えーーーーー!! )
素直なのがこの子の良いところだけど、自分の友達が二人も筋肉マニアになるのはちょっと嫌だなと目に一粒の涙を浮かべ、遠くを見つめるアネットだった。